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『剣遊記Y』

第一章  黒崎店長、出張す。

     (5)

「おれたちリザードマンの場合、子供は卵から産まれるっちゃけど、殻が割れて子供が顔ば出したときの感激っち、世界中の幸福ば百万回集めたもんより大きかっち、おれの叔父貴が昔言いよったけんねぇ〜〜

 

「北方大介さん……やったっちゃねぇ✍」

 

 孝治は改めて、リザードマン――大介の顔を、正面から見つめ直した。

 

 革製の鎧を着込んでいる姿は、ふつうの人間の戦士と、そう変わる所はなかった。また、一見無表情なトカゲ顔と、緑色の皮膚。背中には一列に並んでいる、トゲのような鋭い背びれ。さらには長いしっぽが生えている格好は種族の特色であるからして、そのような当たり前の話を、とやかく言うつもりもなし。それよりも、大介が頭に被っているアメリカ製カウボーイハットのほうが、孝治の瞳には、ずっと斬新であった。

 

「ああ、そうだに✌」

 

 大介が孝治に返事を戻してくれた。孝治も話を続けた。

 

「旅の途中で秀正ば助けてくれたんやってねぇ✌ 秀正の友人として、ここは礼ば言うっちゃね☭ ありがとう☺☆」

 

「いやぁ、絡んできた不良どもがあんまり卑怯やったけん、つい頭にきちゃったもんやけねぇ☀」

 

 リザードマン最大の特徴で、とにかく表情の変化がわかりにくい点が、むしろご愛嬌。どうやら大介は、照れているらしい。カウボーイハットを深くかぶり直して、顔を隠す仕草を見せてくれた。

 

「いや、まったくそんとおりやったばいね♡ おれからも改めて礼ば言わんといけんっちゃね♐ ほんなこつ、ありがとうやねぇ♡♡」

 

 秀正もビールのジョッキをテーブルに置いて、頭を深く下げた。

 

 孝治と正男の聞いた、秀正と大介の出会い話とは、次のような展開であったという。

 

 博多市から北九州市へ戻る途中の、ある街道宿場町。秀正はそこで運悪く、地元の悪ガキどもから因縁をつけられ、あわや袋叩きの寸前だった。

 

「われらぁ! たったひとりば五人がかりでケンカするなんち、ほんなこてこなあめんどしい馬鹿、やるもんじゃなかぁ!」

 

 偶然その場に居合わせた救世主が、大介だったというわけ。

 

「けっ! 口ほどでもなかっちゃけねぇ♨ ひりかぶって逃げよったばい♨」

 

 意外と言っては失礼だが、とにかくけっこう強い腕力で秀正を窮地から救い出し、このあとふたりは意気投合。訊けば大介は戦士を志望しているとかで、その方面に知り合いの多い秀正が誘って、北九州市まで連れてきた――と言うわけである。

 

「で、おれは誰か名のある戦士に弟子入りしたいっちゃけ、どっか有名な戦士はおらんやろっかねぇ?」

 

「有名な戦士ねぇ……☹☁」

 

 大介から尋ねられ、孝治は腕を組んで考えた。

 

「和布刈さんから聞いたんやけど、鞘ヶ谷さんも戦士やそうやない☞ やけん、おれば弟子に雇ってくれんね?」

 

「うわっち! じょ、冗談やなか!」

 

 孝治も一応は、いっちょ前な戦士の端くれ。しかし大介からの弟子入り志願には、慌てて頭を横に振った。


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