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『剣遊記Y』

第一章  黒崎店長、出張す。

     (4)

 孝治はひさしぶりに北九州市へ帰ってきた秀正と、繁華街の酒屋で祝いの席をあげていた。

 

 でもって、本日の顔ぶれは四人。孝治と秀正に、ふたりと同期である盗賊枝光正男{えだみつ まさお}。さらに新しい顔が、ひとり加わっていた。

 

 新顔の名は北方大介{きたかた だいすけ}。リザードマン{爬虫人}の青年で、訊けば一人前の戦士を志して、北九州市まで上都してきたという。

 

「乾ぱぁーーい🍻

 

 まずはともあれ、秀正の二世誕生を祝して、ビールの入ったジョッキの打ち鳴らしから。

 

 カチーンと、気持ちの良い音がテーブル上に響き渡った。

 

「ぷはぁ〜〜っ♡ うまかぁ〜〜♡」

 

 冷えたビールを一気に飲み干し、孝治は秀正の背中を、左手で思いっきりバシッと叩いてやった。

 

「痛でえっ!」

 

「女の子やっちねえ☀ おまえに似て……すっげえ可愛い娘{こ}なんやろうねぇ☆」

 

「その間(……)はいったいなんね?」

 

 痛い思いはさせたものの、さりとて叩かれた秀正も、満更でもない顔付きでいた。

 

 正男もすでに顔を真っ赤にしながら、友が父になった祝い――を大義名分にしたお酒を相伴中。

 

「まあ、とにかくおめでとうやね☀ ところで律子ちゃんも赤ちゃんも、まだ実家におるとやろ♐」

 

 正男の問いに秀正が、やはり真っ赤な顔で答えた。

 

「ああ、とりあえずお産が済んだけ、おれだけが先に戻ったと⛴ 早いとこ仕事に復帰せんといけんし、女房のやつ、家の薔薇の手入ればしとけっちうるさいっちゃね☺☻」

 

「ああ、あの薔薇っちゃね」

 

 秀正のしんみりとした愚痴で、孝治も思い出した。以前に拝見したことがあるのだが、秀正と律子の愛の新居は、とにかく薔薇の花が大満開の状態。すべては律子の趣味に尽きるのだが、それこそ庭だけには収まりきらず、家屋の壁面から屋根の上までも――なのである。

 

「いつか忠告しようっち思いよんやけど……あればっかしは律子ちゃん、かなりやり過ぎじゃなかっちゃね♋」

 

「おれかてそげん思う☢」

 

 孝治の苦言に、秀正もすなおそうな態度でうなずいた。

 

「ま、まあ、きょうはそれは置いといてやねぇ☝ きょうはパァ〜っち飲もうったい☆ 親父ぃっ! ビールのお代わり追加ったぁーい!」

 

「へいっ☆」

 

 正男の威勢の良い注文に、酒屋の主人も景気の良い接客サービスっぷり。

 

 今の時間帯、繁華街の酒屋はどこも酔客たちで満席となっており、笑い声や泣き声。ついでにケンカなどが、あちこちで花盛りとなっていた。

 

 ここで孝治は、再度の質問。

 

「……で、産まれた女ん子なんやけど、もう名前ば決まったと?」

 

「あ、ああ……☺」

 

 秀正の顔面が、酒以外の理由で、さらに赤くなってきた。

 

「……帰る前に、律子と話し合って命名してきたっちゃね……祭りの子っち書いて祭子{さいこ}っち……✐✑✒」

 

 これはにぎやかな酒場の中では、とても聞き取りにくい小さな声。当然意地悪く、孝治と正男のふたりで、秀正に顔を寄せた。

 

「はあ? 聞こえんばぁ〜〜い☻」

 

「右に同じっちゃ☻」

 

 秀正の心境はわかっているのだが、孝治と正男のふたりで、順番に問い直す。

 

「では、もう一度☛」

 

「赤ちゃんのお名前は?」

 

「祭子っちゅうと! 祭り好きな元気な子に育つことを願ってやねぇ!」

 

「うわっち!」

 

 秀正から意表を突かれた逆襲を受け、孝治と正男の鼓膜が見事に破裂。これがまんまとうまくいったので、新米父――秀正のほうは、溌剌とした上機嫌顔に変わっていた。

 

「まあ、今はまだ産まれたばっかしやけ実家におるっちゃけど、首がきちんとすわったら、祭子も律子といっしょに迎えに行くつもりやけね♡ ♡とにかく子供って、ええもんばい♡」

 

「うん☆ おれも同感っちゃね♐ 産まれたてん子供は、どの種族でもええもんらしいっちゃ♡」

 

 話が盛り上がったところで、今まで静かにしていた大介とやらが、ここで初めて口を開いて秀正に賛同した。


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