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『剣遊記12』

第六章 サングラスが年貢を納める日。

     (4)

 だがこの出来事そのものは、孝治でさえも瞳の前で起こった現実が、完全に信じられないと言う感じのシロモノだった。その他にもこの場にいる者全員が、見事に呆然の顔付きとなっていた。それからしばらくして、一斉に荒生田の功績を称え上げる声が湧き上がった。

 

「ま、まさか!」

 

「象がおとなしゅうなったばい!」

 

「これぞまさしゅう奇跡ばってぇーーん!」

 

 この声の中にはなんと、唯一残っていた、ヤクザ連中までもが混じっていた。無論先輩の妙技と奇跡に驚きながらも、孝治は彼らへのツッコミを忘れてやらなかった。

 

「で、おまえらはこれから、どげんする気っちゃね?」

 

「は、はい!」

 

 利不具はすでにやる気も戦意も、完全に喪失しきっている感じ。人質にしていた陣原公爵も、とっくに解放。脅しの武器であるナイフも、言われる前から足元に投げ捨てていた。

 

「なるほどっちゃねぇ〜〜☠ あっさり降参っちゅうわけっちゃね☠」

 

 孝治はなんだか、シラけた気持ちになってきた。そんな孝治に向かって、連中は揉み手揉み手の繰り返し。まるでハエ男みたい。

 

「は、はい! 参りましたけん! 今度はねーちゃん……い、いえ、姐さんの舎弟にさせていただきたいと思いやすです、はい!」

 

「あねさんけ?」

 

 孝治は思わず瞳を剥いた。空いばりの権化であった利不具の、あまりの無節操ぶりを目の当たりにして。

 

「……しょせんはこげな連中ってか☢」

 

 孝治はもはや、仕返しさえも馬鹿らしい気分になっていた。それでもなんとか気を取り戻し、むしろ相手を憐れむような瞳を向けてやった。

 

「じゃあ姐さんとして、まずはあんたらの希望ば叶えてあげるっちゃね☠♥」

 

 一応表面上は、優しい声をかけたつもり。またそんな孝治を、利不具たちは嬉々とした顔で受け止めていた。

 

「へい! なんなりと! こりゃまた願ってもねえことで♡」

 

 今もこの調子で揉み手をためらっていない彼らに、孝治はさらにニコやか気分の笑顔を差し向けてやった。

 

「あんたらずっと前、おれに背中の入れ墨ば自慢してたっちゃねぇ♥ 色無しで線だけの絵をやね☻ やけんそれば、でたんいっぱいおる人ん前で、公開させたげるっちゃね☀」

 

「へっ? それはあっしは見せた覚えはねえんでやんすけどぉ……?」

 

 事実は利不具が申したとおり。入れ墨を見せびらかした野郎は阿羽痴であって、孝治はそこのところの記憶を混同していた。

 

 だけど、そのような些細な話など、もうどうでもよかった。


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