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『剣遊記12』

第六章 サングラスが年貢を納める日。

     (13)

「やしがさぁ〜〜✈」

 

 もはや会話の主導権を、完全につかんでいる感のある博美であった。その彼女がなんとなくの思わせぶりな口振りで、自分の背中にいる荒生田にささやいた。

 

「……んじぃ、なんて言うぬーやがぁ……そろそろでーじな年になっただばぁよ♥ どっかでじょーとーな婿{むこ}でも、ちばって捜さなきゃしゃにいけねえって思ってたんやしがぁ♀♂」

 

「む、婿けぇ?」

 

 ここでいきなり、勇猛女戦士の口から飛び出した、『婿』なる単語。こう言っては失礼ながら、あまり博美には似つかわしくないような話の展開で、荒生田の三白眼がかけているサングラスを突き破り、こちらも外へと飛び出しそうになった。しかも実際、博美の両方のほっぺたが、なぜかほのかに赤味を帯びていた。

 

「げ、げほっ! ちょ、ちょい待たんね!」

 

 あせる内心を咳払いでごまかしつつ、ここはあえて、荒生田はいつもの空元気で返してやった。かなり裏声気味な返答で。

 

「そ、それならこんオレに任せんしゃい! とにかくオレに任せるっちゃよ!」

 

 まるで返答らしい返答にもなっていないのだが、博美に向けての胸を張った、とても大きな仕草であった。つまり右手で自分の胸をドンと叩いたってこと。

 

 これも言わば、荒生田流、女性くどき術のひとつなのであろうか。

 

 なるほど一見頼りない風に見せておき、その実ふだん以上の奮闘努力の積み重ね。そのあとから大きな成果を彼女に贈る策――と言えるのかも。

 

 はっきりと申して、これは単純な『くどき』よりも、ある意味最も『回りくどい』方法かもしれない。しかし博美はサングラス戦士の言わば大言を、寸分も疑ったりはしなかった。

 

「そうかぁ! いっぺー期待して待ってるだわけさー! おれもちゅらかーぎーなわらばー(沖縄弁で『子供』)が好きだばぁよ♡♡♡」

 

 むしろセリフのとおり。力強い瞳をさらに光り輝かせ、博美がうしろに振り返って、サングラス戦士にニコやかなる笑みを贈った。

 

 このとき実は、荒生田の背中に、激しい電撃が走っていた。その理由は、次のような大真面目極まる覚悟――と言えるようなモノを、心中で密かに感じていたからだ。

 

(……誰かて年貢の納め時、っちゅうもんがあるもんちゃねぇ☞ オレかてまあ、そんときかもしれんちゃよ……ゆおーーっし! これも男の行く末っちゅうもんかもねぇ✍)

 

 などと、日頃のお調子者に似合わない考え方をしたものだから、逆に象の上で自分自身のバランスを失う始末。

 

 結果は哀れ。ラリーの背中からドスンッと、下までズッコケる顛末となったわけ。

 

「ゆおーーっしぃ! ぎゃぼっ!」

 

 ついでにラリーの後ろ足で踏まれた(ふつー死ぬ)。やっぱり荒生田はこうでなくちゃねぇ。


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