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『剣遊記 番外編W』

第五章 それでも戦士はやめられない。

     (9)

「あ……ぶ……じょ……み……た……い……☃☠」

 

 この惨状を、とっくの昔に放心状態でいる船長が、ただ為すすべもなく呆然と眺めていた(『あぶじょ』とは長崎弁で『お化け』のこと)。その彼が最後になって、自分の視界に写したモノ――それはこちらに向かってまっすぐに飛んでくる、清美が履いているスニーカーの底であった。

 

 つまりが飛び蹴り。

 

 グアガボッーー! と、このあとは船長が気の毒過ぎて、もう文章での表現もできない惨状。

 

 合掌。

 

 とにかくこれにて、残りは大豊場ただひとり。

 

「どぎゃんや☆ 子分どもはなおしてやったばい✌ だけん最後はわーだけばいね! 今ならまあ、平和的に無条件降伏ば認めてやってもよかけんねぇ☻」

 

「うぐぐぐ……☠」

 

 さすがの清美も、もはや敵を殴り飽きていた。だから自分でも珍しく思うほどに、清美のほうから穏便(?)な姿勢で、大豊場に白旗を薦めてやった。

 

 このほうがむしろ、大いに怖いとも言える態度だが。

 

 そのついで、清美はここで、さらにひと言。

 

「そぎゃん言うたらわら……名前ばなんちゅうとや?」

 

「はあ?」

 

 これには大豊場のほうが、開いた口がふさがらない顔になっていた。清美はなんと、敵の名前も知らないまま、大暴れの捕り物帳を演じていたわけなのだ。途中で何度か、大豊場の名前を訊くチャンスはあったはずだが、そのときは右の耳から左の耳へと、親玉の名前が頭の中を素通りしていたようだ。

 

「まっ、そぎゃんこつ、もうどぎゃんでもよかことやね☺」

 

「おまえ……ほんなこつそれでよかとか?」

 

 清美はプルルンと、頭を横に振った。むしろ大豊場のほうが、まともな反応だった。しかし名前うんぬんはともかくとして、今や大豊場に抵抗できる手段はなし。味方もあっさりと全滅。崖っぷちの麻薬密輸犯であった。

 

 それでも大豊場は、真にもって往生際が悪かった。

 

「せからしかぁーーっ! オレは絶対捕まらんけねぇーーっ!」


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