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『剣遊記 番外編W』

第五章 それでも戦士はやめられない。

     (10)

 みっともない雄叫びを上げ、大豊場が黒い背広の内ポケット(左側)から、小型のナイフをつかみ出す。

 

 当然右手で。

 

 これで清美を、ひと突きにする気――らしいのだが、もちろん今さら、その程度のチンケな凶器など、これっぽっちも恐れるモノではなかった。

 

「わらほんなこつ、頭がかんぽす(熊本弁で『出来が悪い』)な野郎やねぇ♨ お終いでひとつくれえ、いさぎえーとこば見せてくれてもよかろうがぁ♨♨」

 

 清美は余裕で返しつつも。ほとんど呆れ顔気分で、大豊場に最後の説得(?)を試みた。しかし逆に、大豊場の立場に立ってみれば。まさしく『窮鼠{きゅうそ}猫を噛む』の心境なのだろう。

 

「ぎええええええええっ!」

 

 もはやまるで、雄叫びにもなっていない雄叫び。大豊場が清美にナイフの先端をビュンと突き出した。だけど構えも気合いも、まったくなってなし。こんな有様なので、清美は難なく、刃先をかわしてやった、

 

 左にヒョイと。

 

「そぎゃん、おっこいつきやがってぇ!」

 

 大豊場の最後のあがきは、これにて清美の逆鱗に、徹底的に触れまくったわけ。

 

「ぬしゃーーっ! ヘタに出りゃばたぐるって調子ん乗りゃあがってぇ! こぎゃんなったらほんなこつ絶対の絶対に勘弁ならんけねぇーーっ! ぶしゃ許さんばぁーーい!」


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