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『剣遊記 番外編W』

第五章 それでも戦士はやめられない。

     (6)

「凄かぁーーっ!」

 

 長年相棒を勤めている徳力でさえ初めてお目にした、清美の猛烈なる豪腕力!

 

 木樽がそれこそ砲弾のごとくして、ビューンと水平線の彼方まで飛んでいき、落下地点の海面でスッガッガガガガアアアアアアアンンンッッッ! と、超巨大な水柱を立ち上がらせた。

 

 つまりが大爆発である。

 

「や、やっぱ、す、凄かぁ……♋」

 

 やがて降ってくる豪雨のような水しぶきを全身でひっかぶりながら、徳力は船の甲板からこの恐るべき光景を、感嘆の思いで眺め続けていた。そんな口がポカン状態でいる自分の子分――もとい相棒を、うしろから右足で蹴るようにしてだった。

 

「ちょっと、そこばどきんしゃい☛」

 

 徳力を押しのけて、清美が甲板の手すりを両手でつかんでから言った。

 

「こんであたいらは助かった……ばってん、まだまだ仕事が残っとうばい☠」

 

「残っちょうっち……まさかばってん……☁」

 

 一時的な自失状態ではあったが、徳力にも段々と、清美の腹の中が見えてきた。だがそれは、『自失』から『とまどい』へと転換させるような腹の中であったのだ。

 

「そん『まさか』ったい! あたいらばこぎゃんな目に遭わせた麻薬密輸野郎ば、あたいは絶対勘弁しちゃらんけねぇーーっ!」

 

「許せんのはボクもおんなじ気持ちばってん……ああっ! 清美さぁーーん!」

 

 ドワーフの心境が『とまどい』の迷宮に、まだあるうちからだった。清美が船上から海面へドッボオオオオオオオンッと、見事に飛び込んでいた。

 

「あああっ! 鎧も脱がんでいかんばぁーーい!」

 

 徳力のビックリ仰天も道理。前にも記述をしてあったが、ふつう戦士がやむを得ずで水に入る場合、鎧は必ず脱いでからと決まっているのだ。ここでも繰り返すが、泳ぐときに鎧は邪魔で大きな束縛物となるし、さらに材質が金属である物も多い。これでは水の中で、あっと言う間に沈む話となる事態は必定。

 

 ところが清美は、その常識を完ぺきに無視していた。

 

「あんおちゃっかもんどもばぁ、ずえったい逃がさんけねぇ! とっ捕まえてひちゃかちゃのギッタギタにしちゃるったぁーーい!」

 

 清美の場合、鎧は革と金属の混成なので、完全金属製よりも、一応軽めではあった。だけど、泳ぎの障害に変わりはなし。それでも超強引な、火事場の馬鹿力とでも表現するべき底力を発揮。大海原を猛スピードで泳いでいった。

 

 ちなみに泳法はクロール。

 

 そんな清美が目指す先のボート上では、大豊場たちが大いに慌てふためきの渦中にあった。


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