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『剣遊記 番外編W』

第五章 それでも戦士はやめられない。

     (13)

 依頼されていた仕事が完了。

 

 北九州市への堂々とした凱旋――と、行きたいところであった。しかし清美と徳力のふたりは未来亭に帰り着くなり即、黒崎店長の執務室に呼ばれる顛末と相成った。

 

 余談だけど清美帰店の連絡で、未来亭では店の窓ガラスの予備を、何十枚も発注済みにしていた。

 

 準備は万端と言うべきか。

 

 それから例によって、執務室の事務机の前。直立している清美と徳力。このふたりを前にして、冷やかなるオーラを全身から放射しつつであった。黒崎が五島市の衛兵隊から送られてきた報告書を、秘書の勝美から受け取った。

 

 その書類をひと通り黙読し、それもやがて終了。静かに顔を上に向けた。

 

「……長崎県五島市衛兵隊からの報告書によればだがや、特別広域指名手配犯の大豊場及び、その配下三十六名。本城清美と徳力良孝両名の尽力により、全員逮捕、拘留に成功した、となってるがや。この件については僕としても、大いに称賛を送りたいところだがね……」

 

「そ、そぎゃんでしょ! 店長……だけん……あたいはさぁ……♥」

 

 それなりにお誉めの言葉をいただいているとは言え、清美にとってはまさに『針の筵{むしろ}』。いやこの表現は今回二度目であるから、『針の筵』の上でうさぎ跳びを強制させられているような心境――とでもしておこう。

 

 だから実際、その筵に腰を下ろしたほうが、まだ座り心地が良いほうかもしれなかった。

 

 これも二度目か。

 

「話はまだ終わっとらんがね」

 

 そんな清美の、一生に三回くらいしか言わないつもりだった言い訳を、見事に遮断。黒崎の書類棒読みは続いた。おまけに口調も、少々固めで早口となっていた。

 

 黒崎の左横の空中では、秘書の勝美が背中の半透明アゲハチョウ型の羽根をプルプルと羽ばたかせながら、くすくすと微笑んでもいる様子。この態度がなんだか、逆に大きな不安要素となっているのだけれど。

 

「ただし……だがや。やむを得ない処置だったとはいえ、清美君が投げた爆薬が爆発した海面は、ちょうど近海のカツオ漁場の真上だったがや。そのためカツオ漁のシーズンにそのカツオがみんな漁場から逃げてしまい、近来稀にみる大不漁となったそうだがね。それと同時に、五島市衛兵隊から貸し出されていた哨戒船も、君たちはけっきょく沈めたそうだがや。で、この分を含めての全補償を、五島市から未来亭に求められておられるがね」

 

「でも、でもぉ……そりゃ不可抗力ってもんばいねぇ?」

 

 爆発で漁場に被害が出た話は、清美も北九州市に帰ってから、すぐに教えられていた。おまけに貸与船を失った件については、これはもう完全なる確信犯だった。ただし、現場で大暴れしていたときには、あとになってこれほどの大問題になるだろうとは、まったく考えてもいなかったのだけれど。

 

「未来亭の歴史もけっこう長いんだが、仕事の感謝状と損害賠償の請求書がいつもいっしょに送られてくる者は、たぶん清美君たちだけだろうと、この僕は思うがね……」

 

 黒崎は清美の言い訳に、やはりこれっぽっちも耳を貸さなかった。それよりも椅子に座ったままの姿勢で、クルリと彼女たちに背を向けるだけ。それからエリート青年の哀愁たっぷりに、窓の外を流れる空の雲を眺めながら、秘書の勝美向けにささやいた。

 

「勝美君……あとのことを言ってほしいがや」

 

「はい、店長♡」

 

 勝美はやはり、くすくすと微笑んでいるままでいた。

 

「あとは私が言いますけね♡ 清美さんと徳力さんには新しい仕事の依頼が来ちょりますけん、つーつらつー言うたら、あるアイドルのコンサート会場の警備仕事やん☀ そこにはよんにゅ血の気の多かファンがよーけおるけ、うーか血の気の多か清美さんにとっても、がばいよか適任地やと、こがん思いますばいね♥」

 

「…………」

 

「…………」

 

 勝美のポーカーフェイス気味なニコやか笑顔を前にして、清美も徳力も、もはやなにも言えなくなっていた。

 

 それから最後に、黒崎がこの場の締めをしてくれた。

 

「そう言うことだがね。よって次の仕事もしっかりと任務を果たしてほしいがや。一応成果を期待しているがな、以上だ」

 

 この敏腕店長は、豪傑の女戦士にそれなりの注意なり忠告をしてやろうという気など、毛頭からさらさら無いようだ。

 

 ついでにおまけの余談で蛇足なんだけど、徳力はここでも、完全にセリフが無かった。


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