前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記13』

第三章 空のバカンスは嵐を呼んだ。

     (5)

「ほんなこつ、まさかっちゃですよねぇ……まさかこげなデッカい飛行船で、おれたちば迎えに来るなんちねぇ〜〜♋」

 

『あっ、なんか降りて来ようっちゃよ☝』

 

 孝治は天を眺め続け、その右横で涼子が、右手の人差し指で飛行船を指差した。完全に真上へと向けて。

 

 飛行船が未来亭の四階建てのほぼ上空となり、ここで空中停止をしたのだ。そこのところが、浮遊系飛行乗り物の利点であろう。しかもよく見れば、停止した飛行船の船腹――本体の下部には、長方形の箱が併設されていた。恐らくそこが、飛行船の操縦室や船内のいろいろな船室と設備に違いない。箱型の横の面には、丸型や広い四角の窓がたくさん見えているし。とにかくその箱の下面から、真下の未来亭に向かって、一本のロープが垂れ下がってきた。地上から見てもその動きは、まるで本当に手に取れるかのようだった。

 

「よう見りゃあれって、縄梯子{なわばしご}ばい☛」

 

 孝治自身は、あまり使った経験はなかった。だけれど確かに話でよく聞くような、荒い縄で出来ている梯子状に結ばれているロープが、まっすぐ下まで垂れてきた。

 

「まさかっち思うっちゃけど、あれで飛行船まで上がれ……っちゅうことやろっか?」

 

 孝治はゴクリとツバを飲んだ。高い場所が、決して怖いわけではなかった。ただ縄梯子で遥か上空まで登るなど、今までどのような難行苦行の冒険でも、経験の機会などまったく有り得ない話なのだから。

 

「どうやら、そのとおりだがね」

 

 同じく上を見上げ続けている黒崎が、孝治の右肩をうしろからポンと、右手で軽く叩いてくれた。

 

「僕も長いこと商売人をやってるんだが、こんな歓迎のされ方は、恐らくきょうが初めてだがね。長く生きていたら、いろんな経験を積み重ねるもんだがや」

 

「そげな風に気楽に言ってよかとですかねぇ?」

 

 店長の心臓には毛が生えちょる。ふだんからわかっている事実でありながら、やはりその度胸の太さには、孝治も舌を巻くしかなかった。

 

「さて、覚悟を決めて梯子を登るがや。孝治がまずは一番だがね」

 

「うわっち!」

 

 黒崎からなぜか一方的に決めつけられ、孝治は直下に迫った縄梯子の下で、大きく一メートルほどのジャンプをした。しかし、店長は自分で言い出したら、話を容易に変えない男である事実も、孝治は大きく認識していた。

 

「わ、わかりましたっちゃよ……おれがいっちゃん先に行きますけ☠」

 

 孝治は渋々ながら、自分の手の届く高さまで降下した縄梯子の、一番下の部分を両手でガシッと握り取った。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system