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『剣遊記13』

第三章 空のバカンスは嵐を呼んだ。

     (2)

「全員そろったようだがや」

 

 未来亭の正面出入り口で、店長の黒崎氏が孝治たちを待っていた。

 

 もちろん秘書の勝美も、黒崎の左横で背中の羽根をパタパタとさせ、空中をゆっくりと上下していた。

 

 また、このふたりだけではなかった。なんと一枝由香{いちえだ ゆか}を筆頭として、給仕係たちの面々全員、雁首そろえて入口に集まっていたのだ。

 

 居並ぶ面々は夜宮朋子{よみや ともこ}に香月登志子{かつき としこ}に皿倉桂{さらくら けい}。さらに七条彩乃{しちじょう あやの}もいれば、あの真岐子だってしっかりといた。早い話が冒険で遠出をしているメンバー以外、ほとんど全員集合の様相となっていた。

 

 孝治は唖然の思いとなって、入り口前でみんなとワイワイはしゃいでいる由香に尋ねてみた。

 

「み、みんな……きょうはいったいどげんしたと? いつものメンバー全員、顔ばきちんとそろえてくさぁ?」

 

 由香はあっさりと答えてくれた。

 

「だって、今回の美奈子さんのお見合い相手って、けっこう金持ちなボンボンなわけなんやろ☆ やきー、店長に『うらやましかぁ〜〜』なんち言うてみたら、『それならみんないっしょに来るがや』って、超簡単に言いよんばい✌ 店も臨時休業にしていいって言{ゆ}うてやねぇ☀」

 

「なんちゅうええ加減な営業方針ね☠」

 

 孝治は店長のある意味楽観主義に、心底から舌を巻く思いとなった。ついでに給仕係たちの顔を再度見回したのだが、ひとりだけ見慣れている人物がいなかった。ちなみにその人物は男性である。

 

「それはええとしてやけどねぇ……熊手さんは?」

 

 孝治の言う『熊手さん』とは、給仕長である熊手尚之{くまで なおゆき}氏のこと。給仕係一同の長でありながら、彼だけがこの場に不在となっているのだ。

 

 これにも由香が、満面の笑みで応じてくれた。

 

「給仕長やったらきょうは留守番やけね☀」

 

「うわっち! むごい話っちゃねぇ〜〜☁」

 

 今さらいつもの定番であるが、孝治は熊手への同情を禁じ得なかった。

 

「孝治先輩、美奈子さんが来ましたばい☞」

 

「うわっち!」

 

 孝治のうしろに控える秋恵が、未来亭の店内を右手で指差した。見れば美奈子も、ふだんの黒衣姿。千秋と千夏のふたりもまた、毎日着ている服装に、いささかの変更も加えていなかった。

 

 孝治自身、人の服装にあれこれは言えないが、美奈子もきょうの見合いは自分が主役のはずなのに、当の本人はそれほど重要とは考えていないのだろうか。

 

「店長、大変遅うなりまして、おーきにすいまへんどすえ☻」

 

「特に問題ないがね」

 

 格好はふだんと変わらないくせに、どういった理由で遅くなったものやら。その辺は謎であるのだが、黒崎もまた、多少の遅刻など、まったく気にもしていない感じでいた。

 

 一般的に北九州の市民性は、『博多時間』で有名な博多市民とは違って、時間に厳格だと言われている。それから考えると、黒崎は北九州市民の性格からは、ちょっと離れちょう感じがするっちゃねぇ――と、孝治はこのとき考えた。

 

「まあ、ええがや。それよりきょうは、由香君たちもみんな来たいと言ってるから、全員の参加を僕が許したがや。それでもいいかな?

 

 美奈子は返事の前に、入り口前の状況を見回した。店の給仕係たちがワイワイと、それぞれ好き勝手に騒いでいた。

 

 美奈子は冷静に答えた。

 

「まあ、うちとしては構しまへんで♠ こう言うけったいでおもろいことは、皆はんで楽しんだほうがよろしゅうおますさかい♣♦」

 

 孝治は思わずつぶやいた。誰にも聞こえていないのだが。

 

「ほんなこつそれでええとや?」


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