『剣遊記13』 第三章 空のバカンスは嵐を呼んだ。 (17) 「それではここは若い者たちに任せて、僕たちは少し席を外すがや」
「そうですね☺ ちかっと行きましょうか、店長♡」
ここでなぜか、黒崎店長と秘書の勝美が、椅子から急に立ち上がった。勝美の場合は舞い上がった――と表現したほうが適切みたい。
「それなら、おれも……♐」
孝治もこの際だから、見合いの席からは外れようと考えた。なにしろもともと、若戸と美奈子の会話に入れるはずもなし。料理は絶品なのだが、あまりに固い空気の席で、少々居心地の悪さも感じている状況なものだから。
こげな場所よか早よう、そろそろ風呂から上がっちょう由香たちがおる、パーティーの二次会に参加したほうがよかっちゃよ――などと、こっそり愚痴りながらで。
ところが立ち上がろうとした孝治を、再びなぜかで、黒崎が止めてくれた。
「ああ、孝治たちはこのままおってもええがや。これは美奈子君の希望でもあるがね」
「うわっち?」
孝治は訳がわからないまま、黒崎から言われたとおり、再度椅子にペタンと座り直した。ここで左の端に瞳を向ければ、友美と秋恵も立ち上がろうとしていたのに、今の黒崎の言葉でタイミングを失った感じ。なんだか腑に落ちないような顔をして、椅子に腰を戻していた。
「ではいったん失礼しますがや」
けっきょく美奈子と孝治たちを残したまま、黒崎と勝美のふたりだけで、見合いの席から退出していった。この場合、見合いの席でよくある、先ほども黒崎が言ったセリフ。『若いモンにあとは任せます』の実現だった。とは言え、実際に残った者は美奈子に加えて弟子のふたり(千夏にはヨーゼフのおまけ付き)。さらに一番関係がないと思いたいような、孝治と友美と秋恵の三人。これではきょうのお見合いというイベントが、ますます訳のわからない形式となっていくようだ。
「で、では……☁」
実際にできることはなにもなかった。孝治は二次会に備えて、自分の腹がいっぱいにならないよう気をつけていたのだが、それを承知で、残っているスープにスプーンを入れた。
スープをすする際、音を立てないマナーぐらいは、孝治もしっかりと心得ていた。
「はははっ☀ 若い者たちですって、僕たちのことをねぇ☺」
退出する前の、黒崎のセリフを思い出しているらしい。若戸が声を低めにして笑っていた。
「そ、そうでんなぁ……☻」
美奈子もくすくすと微笑んでいた。
「年のことやったら店長かて、そげん変わらんように思えるっちゃけどねぇ☻」
孝治は微笑み合うふたり(美奈子と若戸)を失礼ながら交互に見比べつつ、やはり黒崎の言葉に納得を感じないままの気持ちでいた。これ以外で現在わかる状況と言えば、よく見れば若戸以外、男性がいない状態であろうか。
孝治は――言うまでもなく女性扱いであり、しかも現在赤いドレス着用中の身なのだ。
「まさかっち思うっちゃけどぉ……これって若戸さんのプチハーレムやなかろっかねぇ☢?」
孝治は背中にブルルッと戦慄を感じた。同時にこればっかしはやっぱ、おれの考え過ぎっち思うばい――と、孝治は頭を左右に、ここでもブルルッと振りまくった。ちなみにヨーゼフの性別は知らない。
しかしお見合いの進行のほうは、孝治の杞憂とは逆の方向に進むようだった。
「それでは皆さんを、こことは違う場所にご案内いたしましょう☆」
若戸が先に椅子から立ち上がり、美奈子と孝治たちに会場の移動を勧めたのだ。 (C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |