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『剣遊記13』

第三章 空のバカンスは嵐を呼んだ。

     (12)

 友美の心配どおり(?)、孝治は男湯に入っていた。

 

 だけどそこはご安心を。銀星号の浴場は良くしたもので、きちんと個室的浴場――いわゆるユニットバスも併設されていたのだ。

 

 無論孝治はためらわず、そちらのお風呂を選択した。

 

「ほんなこつせまかっちゃねぇ☻ 畳一畳{たたみいちじょう}くらいのスペースに、お風呂とシャワーが付いとうだけっちゃけ♋」

 

 孝治は初めて『ユニットバス』とやらに入ったとき、そのあまりのコンパクトぶりに、正直ビックリしたものだった。

 

 だけどよくよく考えてみたら、ここでは他人への気遣いが、一切不要とも言えるのだ。これならば脳内は男性でありながら体は女性である孝治の場合(?)、むしろ好都合な浴室とは言えないだろうか。

 

「なるほどやねぇ〜〜 でもこれやったら未来亭の風呂みたいに由香たちんことばいっちょも気にせんで、いつでも自由に風呂に入れるっちゃね 今度店長に直談判ばして、未来亭にもこげな風呂ば造ってもらおうかねぇ✐✒

 

 そう簡単に、話が進むだろうとも思えなかった。しかし、あきらめずに年中チクチクとしつこく頼み続けていたら、いつかは夢が実現したりして。

 

 孝治は自分の頭がお花畑なのを自覚しながらも、これから直談判ば実行してみよっかねぇ――などと勝手に計画を立ててみた。

 

 ここでいったん、妄想は終了。

 

「で……こんシャワーっち、お湯ば出す蛇口はどこやろっかねぇ?」

 

 現実に戻ってから孝治は、頭からシャワーを浴びようと試みた。ところが肝心の蛇口が見当たらなかった。

 

 孝治の知らない解説を行なえば、真っ裸で浴室に立つ当人のお尻の所(つまり真後ろ)に、お湯の出るボタンがあった。だけども孝治は、水はとにかく蛇口を回して出すものと、頭で固定観念している傾向があった。それゆえいくら室内を見回してもその考えに縛られ、自分の背後にあるボタンにいったいどのような意味があるのか、まったく考えが及ばなかったのだ。

 

「これやろっか?」

 

 孝治はなにもわからないまま、浴室のドアにあるノブに瞳を向けた。当然ながらどのように考えても、それが水道に関係あるとは思えなかった。

 

「んなはずなかっちゃよねぇ☻」

 

 孝治は苦笑気分になって、ドアノブに顔を近づけた。そこで無意識ながら、お尻がうしろに突き出た格好。不幸にもお尻でボタンをプニュっと押したわけ。そのとたんにシャワー口からジャーッと、突然お湯が噴き出した。

 

 おまけにさらなる不幸の連続。お湯が最強の熱湯状態となっていた。

 

「うわっちぃーーっ!」

 

 別に罰ゲームを受けるわけでもないのに、完全に熱湯風呂コントの世界。孝治はたまらず、浴室から飛び出した。結果、孝治は浴場自体からも、無我夢中で脱出する破目となった。

 

「うわっちちちちちちちっ!」

 

 あまりにも慌てていたので、バスタオルも持たないで。


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