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『剣遊記\』

第七章 そして海は静かになった。

     (7)

 海上衛兵隊を呼んだのも老漁夫の根回しだったとあとで聞き、孝治はそのあまりの段取りの良さに、正直舌を巻いた。

 

「いったい、あのじいさんは何モンやろっか? 正男がいっちゃん先に会{お}うたんやろ☞ なんか聞かんかったとね?」

 

「実はおれもようとは知らんとばい♋ あんときは船ん調達んこつばっか考えとったけ、じいさんの素情なんか、いっちょも気にせんかったけん☢」

 

 鬼ヶ島を囲む海上にズラリと勢ぞろいをした両県の衛兵隊船団を海岸から眺めながら、孝治は正男といっしょになって、とても不思議な思いを感じていた。その当の老漁夫は、孝治と正男を横目にしながら、衛兵隊を誘導して島に上陸した。もちろん威張りきっている衛兵隊長が、老漁夫に対しても上から目線の態度を取っているのだが、そのような取るに足らない些細な話など、まったく気にしている様子もなかった。

 

 なお、鬼ヶ島が岡山と香川のちょうど中間に位置をしていて、事件の最終的処置をどちらの管轄――要するに押し付け合い――にするかで、相当揉めたらしい。しかしそんな瑣末な馬鹿し合いの話も、孝治たちには関係なし。要はきちんと報酬さえもらえたら、それで万事めでたしめでたしであるのだから。それよりも孝治はむしろ、海賊たちの拘束を相手に押し付け合い、逆に強奪されていた財宝の管理のほうをこちらによこせと主張し合う両衛兵隊の態度のほうが、より滑稽に見えていた。

 

「面倒臭かことは人様にやって、美味しいとこだけは声高々っちゅうわけっちゃねぇ……役人の嫌な習性ば、モロに見せてもろうたっちゃけ☠」

 

 孝治は吐き捨てるような気分になって、海岸にてつぶやいた。

 

「まあ、どこの県に行ったかて、どこもおんなじようなもんばい☢☻」

 

 人生経験の深い帆柱も、後輩に同感をしてくれた。


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