前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記 番外編Y』

第二章 新怪人続々登場。

     (8)

 亭主の秀正からは、ただいま妊娠初期中のため、遠出の冒険はやめるように言われていた。そのため律子の選んだ秋恵たちの修行の場は、北九州市の郊外、平尾台丘陵地のカルスト地形にそびえる古城であった――とは言っても、都市の近郊に、未発掘の遺跡が残っているはずがなし。従って冒険先の廃城は、現在では新人盗賊たちの格好の研修場所となっていた。

 

「城は今じゃ、もう公園みたいになっとうばってん、地下には大きな鍾乳洞もあって、冒険の練習には持ってこいの場所なんよねぇ♫ そこやったら秋恵ちゃんかて、名前ぐらいは知っとうやろ✍」

 

 足取りも軽やかに、律子は山道をゆっくりの歩みで登っていた。また秋恵も、真に元気溌剌もの。

 

「はい、ごつかもちろんです☀」

 

 秋恵は若さを最大の売り物にして、先輩のあとから快調に足を歩ませていた。無論律子だって、自分も若いつもり。

 

 今は正午前の、太陽がだんだんと高くなる時刻だった。また今夜は、この平尾台で野宿を行なう予定なので、荷物も多めに持参していた。そのためやや身重といえる律子には無いのだが、秋恵と徹哉は、背中にリュックサックを背負っていた。その重みで、秋恵のシャツはじっとりと、流れ出る汗をにじませていた。

 

 しかし徹哉は例外であった。

 

「ナルホドナンダナ。ココニハタクサン、イッパイ自然ガ残ッテルンダナ。ココナラ冒険ノ舞台ニぴったりダト、ボクハ思ウンダナ」

 

 リュックを背負って山道を登りながらでも、背広にネクタイ姿を貫いている徹哉はその厚着にも関わらず、汗を一滴も流さずに涼しい顔付きのまま。ふたりの女性(律子と秋恵)が一生懸命に進んでいる山道を、まったくふつうの足取りでカッポカッポと歩んでいた。

 

「ちょっと、徹哉くぅ〜〜ん!」

 

 思わず文句を言いたくなった律子は、今登った山道を逆戻り。一番しんがりにいる徹哉に喰ってかかった。

 

「薄着のわたしらがこげん汗ばかいとうっちゅうのに、なして厚か背広ば着とうあんたが、いっちょも平気な顔しとうとねぇ♨」

 

「ボクッテ平気ナ顔ナノカナ」

 

 対する徹哉は、これまた表情のひとつも変えなかった。むしろその顔で、律子に涼しい言葉を返してきた。

 

「平気ナ顔ト言ワレテモ、兵隊サンノ位デ言ウト、ドノクライノ顔ナノカナ? タダボクノ機能ニハ人ノ喜怒哀楽ニ相当スル回路ガ一応ハ設置ハサレテルンダケド、ヤッパリ想定外ノ表情モアッテナンダナ、タダイマ律子サンガオッシャラレタ『平気な顔』ナル機能トヤラハ、ホントニ残念ナンダケド、ボクニハいんぷっとサレテナイト思ウンダナ。ダカラ今ノトコロハコンナ顔シカデキナインダナ。コレガタダイマノトコロノ最大限ノ努力ナンダナ」

 

「はぁ……☁☃」

 

 これではもう、律子の頭のほうこそ、完全にチンプンカンプンの世界だった。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system