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『剣遊記 番外編Y』

第二章 新怪人続々登場。

     (4)

 ここでようやく、黒崎が日明の前に出てくれた。

 

「ま、まあ、話をすれば長くなるし、それにここでは、その用意もないがや。そこできょうは、これまでにしておこう。とにかく日明春城さんをよろしく」

 

 今の黒崎はなんだか、日頃の冷静の調子を、ややだけど欠いている感じでいた。それから日明の背中を押すような様子っぷりで、酒場からの退場をしきりにうながしていた。

 

「と、とにかく市内の様子を、あとで熊手君に案内させるがね」

 

 さらにこそっと、日明博士とやらに耳打ち。これは律子にも丸聞こえだった。

 

「き、君が自分の素性を隠す気がさらさらないのは承知してるんだが、ここではあまりしゃべらないほうがええがや。こちらの世界の法律に、きちんと従ってくれよ」

 

 黒崎本人は、これで小声のつもりだったのだろう。ところがそこは、地獄耳でも定評のある律子なのだ。

 

(ははぁ〜〜、店長また、わたしらに内緒で、なんか企んどうみたいばいねぇ☻ まあいつものことばってん、これ以上突っ込まんようしとくとやけどね☺)

 

 未来亭で突拍子もない変わった出来事の発生は、従業員一同を始め、店子一同もすでに慣れっことなっていた。律子もここで、なんとか平常心へと立ち返り、事の成り行きだけを楽しむようにしたわけ。

 

 早い話が、これは『野次馬』。

 

 それはとにかくとして気を取り直し、律子は改めて、徹哉のほうに顔を向けた。

 

「わかりました♡ では、わたしん名前は穴生律子☀ それとここにおるんがわたしの後輩で、大谷秋恵ちゃんね♡」

 

「ソウナンダナ。ボクノねーむハタダイマ店長ヨリ御紹介シテモラッタ夜越徹哉ナンダナ」

 

「もうよかよ☻ さっきわたしがあなたん名前ば言うたばっかしなんやけ☝」

 

 黒マントの怪人――日明は、とにかく非礼の塊であった。だけど徹哉のほうは一応対照的で、実に丁寧至極。ただしそのオツムの中は、なにを考えているのか、さっぱりわからない――けれど。

 

(孝治くんも確かこう言いよったばいねぇ✍ 徹哉って野郎はとにかくつかみどころがいっちょものうて、正直頭の中身が正体不明やっちゅうてねぇ⛔⛑)

 

 そんなある意味、こちらのほうが失礼そうな考えを、律子は頭の中で思い出し続けていた。

 

 これでは日明の失礼を、律子も言えないのではなかろうか。

 

 一方で秋恵のほうは、徹哉の一応紳士的な対応の仕方に、どうやら好感を抱いたご様子。

 

「そ、それじゃあたしもよろしゅうお願いしますばってん☀ あたしん名前は今紹介してもろうたとおり、大谷秋恵っちゅう新人の盗賊なんですばい♡」

 

 それからさらに、親しげ感丸出し。青年――徹哉に握手まで求めていた。

 

「ハ、ハイ、ヨロシクナンダナ」

 

「あら?」

 

 秋恵と徹哉が、それぞれ右手と右手で握手を交わしたときだった。彼女の瞳が丸くなったところを、律子は鋭い観察力で見逃さなかった。

 

「どげんしたと、秋恵ちゃん?」

 

 すかさず尋ねた律子に、秋恵は丸い瞳のままで答えた。徹哉には聞こえないよう、小さな声で。

 

「こん人、いじくそ体温低かばいねぇ⛄ なんか金属に触っとうみたい☚」

 

「へぇ〜〜、そうなんねぇ⛠」

 

 律子自身も秋恵の言葉を不思議に感じた。しかし今は、その件は突っ込まないほうが良さそうだ。

 

「ま、まあ……体が冷えとうみたいやけ、あんたもコーヒーば飲んだらよかとちゃう☕ わたしが注文したげるけ☘ ねえ登志子ちゃん、徹哉くんにコーヒーば一杯お願いするばいね☺♡」

 

 ところが徹哉が、これに頭を横に振って応えた。

 

「イエ、ボクハ水分量ヲ過大ニ注入シタラ、ぼでぃノ機能ニ大キナ支障ヲキタスンダナ。悪イコトダト想定サレルンダケド、ココハ遠慮ヲシタイト考慮スルンダナ」

 

 口調はもろ固いけど、これも一応やんわりとしたお断りの動作だった。しかもこの動き方が妙に、人間性からかなりにかけ離れてもいた。口調もだけど。

 

「ぼでぃのきのう……ですかぁ?」

 

 せっかくの好意を無にされた展開よりも、むしろこのような呆気に取られる言い回しの仕方。それこそ不愉快を感じるどころか、瞳を丸ではなく真円にするしかない心境だった。

 

 律子も秋恵も。

 

 実際彼ら(日明と徹哉)ときょう初めて出会ってから、これでもう何回目の円目であろうか。


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