『剣遊記]』 第六章 新人類の誕生。 (7) ところがそんな修羅場の最中に、のこのこと現われたモノがいた。
「なぬ? 鹿じゃとぉ?」
有混事には一般の人々ほどに、野生動物に関する知識がなかった(司教のクセに)。だから突然、宴会場に闖入したニホンカモシカを、ふつうの鹿だと誤認したのだ。
正確に説明を行なえば、同じ有蹄類偶蹄目(ウシ目)とはいえ、鹿はシカ科でカモシカはウシ科に分類される。この場で改めて勉強しなくても良い話ではあるが。
「ど、どげんしてやぁ? なして鹿がこげなとこに出てくるとやぁ?」
知識はともかく、有混事の疑問は、もっともであった。しかしこの問いに、誰も答えてくれるはずもなし。それよりも鹿――ではなくニホンカモシカが、極めて大胆な行動を起こしてくれた。
カモシカがなんと、ホムンクルス・トレントの樹皮をバリッと剥いで、ムシャムシャと美味しそうに食べ始めたのだ。
「わわあっ! こ、こら、なんばすっとね! やめぇ、やめんしゃーーい!」
仰天した有混事が叫んだところで、完全なる馬耳東風――あっ、カモシカ耳東風か。
おまけになぜ、ホムンクルス・トレントの樹皮を食べられた程度で、有混事がこんなにも慌てだしたのか。その理由は、すぐに明らかとなった。
皮の表面を削られたトレントが、とたんにキュヒィィィィィィ……と、萎縮をして後退を始めたからだ。
さらに木の表面に浮かんでいた人面――若い女性の顔も、しだいに薄れて消えていった。
意外そうで当たり前そうな事実なのだが、プラント・モンスターは草食動物には弱かった。
「吾輩の可愛いトレントがぁ〜〜っ☂☂」
もはや恥も外聞もなし。泣きわめく有混事の目前だった。ホムンクルス・トレントが見る間に皮のほとんどを剥がされ、たちまち丸裸にされていった。
真に恐るべきは、丸ごと一本の木の皮を全部平らげる、ニホンカモシカの飽くなき食欲とは言えないだろうか。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |