『剣遊記]』 第六章 新人類の誕生。 (5) いきなりだった。この部屋にいるはずのない、第五者の高い声が鳴り響いた。ちなみに一者は律子。二者は秀正。三者は有混事。四者は蟻連。まあ、どうでもいいか?
それはとにかく、どのように聞いても五歳児くらいとしか思えない、幼い感じのする声音が室内に響き渡ったのだ。
「なぬっ?」
「なんじゃ?」
もちろんこれにて、蟻連と有混事の仲間割れも中断した。
「誰ね?」
有混事が室内を見回した。
「律子……おめえけ?」
有混事は薔薇の花にも問いかけてみた。しかし彼女は、ウンともスンとも応えなかった。
どうやら緊張が極限にまで達したらしい。律子は秀正に続いて、気絶の憂き目となったようだ。薔薇の姿の外見では、まったくそれがわからないのだが。しかしそれでもなお、返事だけは戻ってきた。
『これ以上悪さばしたら、あたしほんなこつ怒るばい!』
まさしく怒りをあらわにしているようだが、それは律子とはまったく違う、やはり幼い声だった。それも律子が変身をしている、薔薇の樹木の隙間から聞こえていた。
何度も繰り返すが、どのように聞いても、律子とは声の質が異なっていた。律子の声はもっと大人っぽく、このような幼児性など考えられないからだ。
もっとも今現在の有混事には、これ以上の怪現象に構っていられる余裕はなかった。それよりもむしろ、大きな声でのわめき立てを再開させるばかりでいた。
「なんじゃあ、もうひとりどっかにおるんけぇ! 隠れとらんで出てこんねぇ!」
さらに見苦しい雄叫びを上げ、部屋の隅々を一生懸命に見回し続けた。
また蟻連も同様に、宴会場全体をキョロキョロと見回していた。そんなふたりに応じるかのようだった。
『ここったい☀』
声に主が、ついにその姿を現わした。
「……どわぁーーっ!」
「……ぎえーーっ!」
声の方向に向いた有混事と蟻連が、両人ともそれを見て絶句。声の発信源は、やはり薔薇の樹木(律子)であった。ところが、その葉っぱや茎の間からにじみ出るようにして――さらにもうひと言で表現をするならば、まるで幻影のようだった。そこに全身緑色をした全裸の美女の姿が、ぼんやりと浮かび上がっていたのだ。
その美女が、有混事と蟻連を相手に訴えかけてきた。
『もう、これ以上お父さんとお母さんばいじめちゃダメっ! これ以上やったら、このあたしが許さんけね!』
一応見た感じの年齢は、十五歳くらいの少女であった。しかし声の感じだけは、初めから聞いているとおりの、五歳児くらいのアンバランスな感じでいた。しかもどことなく少女の顔は、律子と秀正両方の面影を宿してもいた。
「……こ、こりゃあ……♋」
このような話の展開に、不慣れは当然。蟻連の絶句は、しばらく続行された。だが有混事のほうは、言葉が途切れ途切れながらも、なんとかしてセリフをつむぎ出した。
「おまえは……律子が産んだ祭子なんけ? これも、吾輩の呪術が生み出したことなんやろっか……我ながら、信じられんばい……?」
しかし、信じようと信じまいと、赤ん坊だった祭子が自分の成長した姿を幻影にして映し出していることは確かな出来事としか、有混事には思えなかった。
これは両親の危機を前にして、奇跡とも言える力が発動された結果なのだろうか。本当の原因は魔術に精通しているはずの有混事の頭を持ってしても、やはりまったくわからなかった。
だけど、緑色の少女――祭子の態度だけは、思いっきりはっきりとしていた。
『おいしゃんなんか、大っ嫌いやけぇ! すぐにこっから消えちゃってやぁ!』
幻影とはいえ、自らの裸を隠そうともせずに立ちはだかる祭子の姿勢に、有混事は再び、激怒の炎を再燃させた。
「ええーーい♨ 小むずかしいことはもうどげんでもよかぁ♨ 植物には植物で対抗してやるったぁーーい♨」
興奮の極致に達したらしい有混事が、ここで先ほどの火炎弾とは、まったく異なる魔術の構えを取った。それから呪文も、違う言葉で唱え直した。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |