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『剣遊記]』

第六章 新人類の誕生。

     (3)

 なんと、律子の体のあちらこちらから、一斉に植物のつるが飛び出したではないか。

 

それからすぐだった。自分と祭子と共に、秀正の全身をも一気に、緑色のつるがクルクルと包み込んでしまった。

 

 そこにはすでに、律子の姿はなかった。代わって存在しているモノ――それは倒れている秀正と祭子を覆い隠すようにして保護をした植物――薔薇の繁みが、いつの間にか宴会の場に現われていた。しかも緑の葉っぱやつるや茎といっしょに、何十個もの薔薇の花が一斉に満開の状態。赤や黄色や紫の色彩が、なんとも言い表わせない可憐な味わいを醸{かも}し出してもいた。

 

 これはライカンスロープたちが行なうメタモルフォーゼとはまた別の、むしろホムンクルス{魔造生物}的変身と申すべきであろうか。

 

 だが、律子のこのような驚くべき変身も、有混事にとっては予想の範疇内での出来事にしかすぎなかったようだ。なにしろ当の彼自身が、律子を薔薇に変える呪いをかけた、張本人であるのだから。

 

「くくっ♥ ついに姿ば変えよったばい♥ これこそ吾輩の呪術の集大成よのぉ♥」

 

 むしろ嬉々とした顔になり、不敵そうな口振りで、おのれのゆがんだ自慢を披露するばかり。

 

「伯爵殿、御覧いただきましたけ♥ こげな特技ば持つ女ならではこそ、長官殿への貢ぎ物として最高の品でございましょうや♥」

 

 これに応える蟻連も、邪悪で満足そうな笑みを浮かべていた。

 

「有混事っ! 確かにおまえの呪術の真髄、得と拝見したけんのー♥ じゃがそん前に、やっぱり鞭のひと太刀を浴びせてやらんことには、このわしの気がでーれー収まらんのじゃあ♨」

 

 ここでやはり、一度火が点いたサディストとしての興奮を鎮めるためには、どうしても激しい懲罰を奮いたい模様。夫と娘を守ろうとして、つるや葉っぱを蠢かす薔薇の花に向け、蟻連が手にした鞭を、頭上高く振り上げた。

 

 ところが、その刹那! わずかの時間差でビュンと伸びた薔薇のつるが、逆に蟻連の鞭の先端部分を、ガッ バシュッと見事に絡め取った。

 

「ぐっ! こ、こん女子がぁ!」

 

 すぐさま鞭を奪い返そうと、蟻連が力を込めて鞭を引いた。だけども薔薇のつるの力のほうが、大の男の腕力を遥かに凌駕していた。おまけに鞭は、この一本だけ。反対に薔薇のほうは、何本、何十本もの数のつるの束を備えているのだ。

 

 当然タコかイカの触手のように、何本ものつるが、蟻連に向かって伸びてきた。

 

「し、しもうたぁーーっ! けっぱんじーてもうたぁーーっ!」

 

 伸びてくるつるをかわそうとして、伯爵がカッコの悪い尻餅を、ドスンと晒してしまった。これで逆に油断を突かれ、拷問の武器――鞭を薔薇から奪われる結果となった。しかも鞭に絡んだ薔薇のつるも、当然ながらトゲだらけ。これでは取り返そうにも、迂闊に手が出せなかった。

 

「うおのれぇ! こん化けモンがぁーーっ!」

 

 有混事が怒声を張り上げた。

 

「こげな化けモンば造ったんは、あんたでしょうが!」

 

 薔薇の花が、律子の声でやり返した。もはや植物のどこに人間の声帯があるかなど、野暮な疑問はやめにしたほうが良い。


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