『剣遊記]』 第六章 新人類の誕生。 (2) 「律子ぉ!」
いきなり宴会部屋の扉が、バコッと蹴り破られた。
そこから乱入してきた者は、律子の亭主である秀正。その彼の目に飛び込んだ光景は、猛り狂っている伯爵と司教から、今にも鞭で打たれようとしている愛妻と愛娘の悲惨な姿であった。
これはもう、考える暇はおろか、叫ぶ余裕すら有り得ない状況といえた。
「なんしよんねぇ! やめえーーっ!」
「あっ! ヒデぇ!」
秀正は無我夢中で、蟻連と律子の間に割って入った。そこで当然ながら、背中を鞭で、蟻連から思いっきりバシッと強打をされてしまう。
「おらぶなぁ! わらくそなガキじゃあ!」
「ぐげっ!」
これぞ情け容赦の無い一撃! 秀正がこの一発で、あえなく卒倒の有様。バタッと畳の上に、うつ伏せで倒れ込む。まさに蟻連と有混事の魔手から、律子と祭子を庇うようにして。
「ヒデぇーーっ!」
愛する妻と娘を守るため、鞭で打たれた夫を目の前にして、律子は甲高い悲鳴を上げた。
「うえええええええん!」
祭子までが大声と衝撃で目を覚ましたのか。あるいは実の親たちが傷付く状況を認識したのか。まるで空を斬り裂くように泣き叫び始めた。そんな親娘たちの姿が、狂気の蟻連と有混事のサディズムを、さらによけいに刺激したようだ。
「えーーい! 親子でそろっておらびよってぇ! こげーならもう、長官への貢ぎなど関係ありゃーせんけのーー!」
もはや本能の命ずるまま。伯爵がさらなる力を込めて鞭を振り、バズッ ズバッと二度も三度も繰り返し、秀正の背中を叩きつけた。
とっくに失神中とはいえ、秀正の体が明らかに痙攣をして震えているほどに。
「やめんしゃーーい!」
このあまりの暴虐で絶叫した律子の体に異変が生じたのは、まさにこのときだった。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |