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『剣遊記]』

第六章 新人類の誕生。

     (1)

「誰かぁ! 誰かおらんのけぇーーっ!」

 

 蟻連伯爵の虚しい呼び声が、静まり返った広大な屋敷内に響き渡った。

 

 無論、どこからも返答はなかった。広い宴会場に居残る蟻連のそばには、かなり青ざめ気味の有混事が立ち尽くしているだけ。また彼とは別に、律子と祭子の親子も、いまだ囚われの身のまま。緊張で身を固くしながら、律子は祭子をしっかりと抱き締めていた。

 

 蟻連と有混事の配下たちは、孝治たちの『お仕置き』によって、全員片付けられていた。従って残るは、蟻連と有混事のふたりのみ。当然ながらこのふたりは、事態の状況をまったく把握していなかった。だがこのような中で律子のみは、すべてをお見通しの気持ちでいた。

 

「ヒデたちが強いんは当たり前やけど、あんたらの子分かてなっさけないったいねぇ☠ きっとなんの苦もなしで、子供みたいにひねられとんやない☠」

 

 囚われの身でありながら、律子の口調の辛辣ぶりは健在。それも早くも勝ち誇っているような態度で、敵方ふたりにのぞんでいた。

 

 しかし、今の挑発的なセリフは、蟻連の逆鱗に触れたようだった。

 

「なんじゃとぉ! こん女子、黙っておれば、ちばけたええ気になってからにぃ!」

 

 などと、先ほどから全然黙ってはいないのだが、伯爵が小型の剣を腰のベルトから引き抜き、それをなんのためらいもなく、律子に向かって突きつけた。

 

そこを慌てて、有混事が止めに入った。

 

「ちょ、ちょっと待たんねぇ! この女は長官殿に貢ぐ大事な土産もんですから、ここで傷ば入れては、今までの苦労が水の泡となりますばぁーーい!」

 

 これは司教の地位にある男としては、まったくふさわしくない説得の仕方といえた。とにかく情けも慈愛の精神のカケラもないのだ。

 

「やけん、少なくとも顔ば傷付けたらいかんとです☠ 厳罰ば与えたいとやったら、他の方法があるとですよぉ☠」

 

 有混事はそう言って、自分が着ている法衣の懐に手を入れた。

 

取り出した物は、革製の鞭だった。これは弱い者いじめに魔術の使用は面倒と考えての振る舞い。だが、人を痛めつけるための鞭を、ふだんから常備しているところなどこの男。まさに司教の資格からかけ離れた、超不適格者とは言えないだろうか。

 

「こげな小生意気な女なんぞ、顔ば傷付けんでも背中に鞭ばひと打ちしてやりゃあ、すぐにおとなしゅうなるもんですばい☠」

 

「そうけー、それもぼっけーな余興じゃのう♡」

 

 有混事が握る鞭を見つめる蟻連。今の司教の妄言で、簡単に納得の顔となっていた。

 

「そげーなら最初のひと打ち、このわしにもんげーやらせてくれんかのう♡」

 

「それは御意にございまずばい♡」

 

 もはや完全なるイカれた顔となって、伯爵が有混事から、牛の皮で出来ている鞭を嬉々として受け取った。

 

「げへへっ☠ 親が見とう前で赤子をちーとひょんなことすれば、この女子の鼻っぱしも見事へし折れるじゃろうて☠」

 

「そ、そげなん、あんましばい!」

 

 事ここまで到れば、蟻連と有混事は、もはや狂気の虜。そんなふたりの変態からせめて祭子だけは守ろうと、律子は自分の体を盾とし、全身で隠すようにして、さらにしっかりと覆いかぶさるようにして抱き締めた。


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