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『剣遊記]』

第六章 新人類の誕生。

     (18)

 大都市岡山市全体を見下ろせる郊外の高台にそびえる大邸宅。そこへ馬にまたがって、付き人三人(やはり乗馬中)を従えた行政長官が帰宅した時刻は、その日の夜遅く。

 

 長官はおとといまで、遠方――大阪市に所用で出向き、ついでに在阪の皇庁室の高官に、おのれの出世のための裏工作で駆け回っていた。そのため地元への帰還が、すっかり遅くなったわけ。

 

 これも一種の自業自得とも言えるのだが、これ以外の理由でも、長官はかなり不機嫌な様子でいた。

 

「蟻連伯爵と有混事司教めら……わしのために皇庁室に話を通しておくと自慢たらげにおらびおったくせに、ちーとも話が通じんかったではないけー! おかげでわしゃあ、えれー要らぬ恥をかいてしもうたけー☠ おまえらもおまえらじゃー! もうちょびっとわしんために骨を折らんけー♨ くそぉ、胸クソ悪りーわい☠」

 

 要は高官への鼻薬が、あまり効いていなかったわけ。その失敗に憤慨して、長官が付き人三人に当たり散らしているという構図なのだ。

 

 早い話が、とんだ迷惑。

 

 などと馬鹿げた振る舞いを続けているうちに、長官一行が屋敷の門前に到着した。

 

「おっ?」

 

 長官はそこに立っている、珍しい人物に気がついた。

 

「……そこにおるのは確か……桐都下とかいったけのー? 確か有混事司教の門下で、わしとも何度か会{お}うたことがあったけのー……そげーなやつが、わしになんか用け?」

 

 桐都下は長官にとっても、顔の知る男だった。謀臣有混事の片腕として、よく遠方に派遣をされるなど、間謀が主な任務であったはず。

 

 話によれば、今回も遠く九州まで出向いて、今のところ岡山にはいないと聞いていた――のだが、そんな男がのこのこと自分の前に現われたことで、長官は思わずであるが、不審な気持ちを胸に抱いた。

 

「おまえがここに帰ってきとうとは、蟻連も有混事もちーとも言うておらんかったが……司教からなんか、わしに伝えることでもあるんけー?」

 

 だが桐都下は、今夜が満月であることを差し引いても、それとわかるような青い顔をしているだけ。長官からの問いには、無言でなにも応じなかった。

 

「……☁」

 

 その仕草は明らかに、なにかに怯えている様子でもあった。このため長官の不審の思いが、ますます強まる結果となった。

 

「黙っておらんで、ちゃーけんとさっさと答えんけぇ! たとえ蟻連と関係ある部下であっても、わしを愚弄することはでーれー許さんけのぉーー♨」

 

 ついに即行で頭に血が昇り、腰の剣を抜きかけた長官を、さらに逆撫でするかのようだった。

 

「まあ、そげん怒らんと♥ こいつが怖がっとうことっち、あしたのあんたの……いんや、今からすぐ、あんた自身に起こることの前触れっちゃけね♪」

 

「なにぃ!」

 

 突然聞き覚えのない声が、闇の中から響いてきた。


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