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『剣遊記]』

第六章 新人類の誕生。

     (13)

「さてと、有混事さんよぉ☠」

 

 可奈と美香の漫才は脇に置く。それより友美の治癒魔術のおかげで大ケガからの回復を果たした秀正が、強い調子で司教の法衣の胸ぐらを右手でつかみ上げ、これでも一応は抑制をしているつもりであろうか、やはり怖い感じで脅しをかけた。

 

 もちろん相手は有混事。

 

「てめえがおれの女房にかけた薔薇の呪い……きっぱり解いてもらうっちゃけね☠」

 

「は、はい! と、解きます! 解きますけどうか、お手やわらかにしてくださいね☂☃」

 

 そこにはもはや、司教の地位と権力を嵩{かさ}にして、さらなる力を志向した男の姿はなかった。あるのはただただ仕返しに怯え、両手のシワとシワを合わせての助命嘆願を求める、哀れで無様な醜態のみであった。

 

「……やっぱ、呪いば解いちゃうんやねぇ……☁」

 

 猛々しい夫(秀正)のうしろでは、呪いの当事者である律子が、なんだか残念そうな素振りでため息を吐いていた。

 

 ただし、秀正には聞こえないようにしてか、超小声ではあったけど。

 

 その小声を偶然耳に入れた孝治は、律子にそっと、こちらも小声で尋ねてみた。やっぱり秀正には聞こえないほうが良策だと考えたので。

 

「ん〜、他人のおれがこげなこつ言っていいんかどうかわからんちゃけど、今までの話しっぷりからして律子ちゃんは、今の薔薇になれる自分が、いっちゃん気に入っとうっちゃよねぇ♥ でも、おれは緑髪の律子ちゃんもええとやけど、昔の黒髪の律子ちゃんもええっち思うっちゃよ……それと、祭子ちゃんもやね♡」

 

「……そげんもんやろっか?」

 

 律子は自分の両腕に抱かれてすやすやと眠っている、我が愛娘の寝顔を見つめ直した。

 

「……確かにわたしの呪いば解かんと……祭子も将来薔薇になってしまうとやろっかぁ……☁」

 

 ここで律子も孝治も知らない事実。母親――律子の不安は別の意味で、すでに現実となっていた。だが、現在その事実を知っている者は、ニホンカモシカに変身中であった美香ひとり。しかも話がややこしい展開だったので、美香自身がこの事実を、果たしてきちんと覚えているのかどうか。

 

 実際に美香がなにもしゃべろうとはしないので、孝治も律子も本当になにも知らないまま、現在に至っているわけ。

 

 たぶん、これからもまた。


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