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『剣遊記]』

第六章 新人類の誕生。

     (11)

 開口一番、孝治は薔薇に言った。

 

「律子ちゃんやろ!」

 

「……えっ? 孝治くんなんけ?」

 

 少しの間を置いて、薔薇の花から返事が戻ってきた。どうやら仲間の声で、気絶から覚めたようだ。もっとも薔薇の姿のままでは、目が覚めても気を失ったままでいても、端から見てまったく区別がつかないのだが。

 

 そのためもあるのだろうか。意識を取り戻すなり、さっそく薔薇の葉っぱやつるが集合と合体を開始。みるみると、元の律子の姿へと還元されていった。しかも人に戻った律子の両腕には、しっかりと赤ん坊――愛娘である祭子が抱かれていた。

 

 さらに律子の足元には、夫の秀正がうつ伏せで倒れていた。

 

「うわっち! 秀正もおったんけぇ! それにしても、ひでえこつやられたっちゃねぇ☠」

 

 たった今まで、律子変身の薔薇の下に隠され、秀正の姿は孝治たちから見えなかった。しかし改めて目を向ければ、秀正の背中は着ていたシャツが破られ、明らかに鞭で痛ぶられたとしか思えない、生々しい傷跡があった。

 

「きゃっ!」

 

『ひどかぁ!』

 

 友美と涼子が秀正の傷を見て、思わずであろうが瞳を背けた。しかし孝治は、瞳を背けてはいられなかった。顔面を真っ赤にしながらで、孝治は叫んだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってや! 今、有混事の野郎ば叩き起こして、友美の魔術封じば解除させちゃるけ! 治癒の魔術はそれからやけぇ!」

 

「お願い! 早ようして!」

 

 律子は必死の形相で、孝治に懇願した。

 

 これはこれで、けっこうな美談。だが現在の律子には、夫の状況に劣らぬ、大きな問題が控えていた。それが原因で、孝治は顔面を真っ赤な熟柿状態にしているのだ。

 

「……それとやけどぉ……律子ちゃんも早よう服ば着ちゃってや☁ ライカンスロープと言い幽霊と言い、それに魔術の被害者と言い、なしてみんな裸になりたがるっちゃろうかねぇ☂☃」

 

「あっ! やだあっ!」

 

 孝治に言われて、律子もようやく気がついたようだ。

 

 これは迂闊といえば迂闊な話。しかし律子は薔薇への劇的な変身を遂げたとき、着ていた衣服をすべて、バラバラに引き破っていた。従って、現在はなにも無しの有様。ところが律子は、あっと言う間に落ち着きというモノを取り戻した。

 

「ま、まあ……今おるんが孝治くんと友美ちゃんで良かったばい……☠ ヒデはまだ気絶しとうし、なんせ孝治くんと友美ちゃんには一度、わたしの水着姿ば見せたんやけ☺ これももう、羞恥の範囲内ばい……♡ ある意味、不幸中の幸いばいね♡」

 

「すっぽんぽんと水着姿っち……なんか根本的に違うっち思うっちゃけどぉ……☁」

 

 一応孝治は愚痴ってみたのだが、反対に律子は、もう見られるだけ見られて開き直ったらしい。ここで見事な、大見得を切ってくれた。

 

「よかっ☀☀ これ以上なんも言わせんといて☆★☆」

 

「ほんなこつ、それでよかっちゃね?」

 

 納得のいかない孝治はつぶやき返したが、友美と涼子からは、別の方面で突っ込んできた。

 

「律子ちゃんが水着ん姿になったときって、むしろ孝治んほうがすっぽんぽんやったっちゃねぇ☠ これでまあ、不公平は解消されたことになるっちゃろうけどねぇ☠」

 

『孝治んほうが、ずっとドギつかったってことやねぇ〜〜♡』

 

「友美も涼子もしゃーーしぃーーったい! とにかく今は、荒生田先輩がこん場におらんだけ、幸せ中の幸せってもんやけね♐ もしこん場に先輩がおったらもう、最悪中の最悪になるっちゃけ☠」

 

 孝治はふたりに言い返した。しかしそうなると、もう次の場面展開は見えていた。

 

「ゆおーーっし! 孝治、ここにおったんけぇ☀ やっと雑魚ば全員、片付けてきたっちゃけなぁ☀」

 

 ボロボロに壊れている扉(孝治たちが入った所とは別の西側)から、黒いサングラス😎をかけた最悪――荒生田がのこのこと、顔を出したではないか。

 

「やだぁ、美香ったら、こんなびしょったい所にいたかいだにぃ♠ ずいぶん捜したんずらよぉ♢♤」

 

 荒生田にうしろには、可奈も続いていた。

 

 このようにしてふたりとも、裸の律子とバッタリご対面となったわけ。

 

「ゆおーーっし! OH! モーレツ!

 

「きゃあーーっ!」

 

 夫と、それから夫の親友にしか見せなかった自分のヌードを、バッチリと史上最悪の人物から拝見されたという話の結末。

 

 律子は甲高い悲鳴を上げた。


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