『剣遊記]』 第五章 必殺! お仕置き人参上。 (11) 「お腹……空いた……☢」
美香がわがままを言い始めたのは、彼女が八人目の敵を、見事得意のカモシカ拳法で蹴り倒したあとでのこと。場所は蟻連邸の、裏庭と思われる所だった。
「いきなりなに言うだにぃ、美香ったらぁ☃」
幼なじみの気まぐれ発言には、とっくに慣れっこであるはずの可奈であった。しかし、この期に及んでの大胆宣言には、正直腰を抜かすような思いがした。
「お腹……空いたって、今はそんなこん言うてる場合じゃないずらよ♨ まだまだ敵さ何人いるか、こんねんまくわからんってときだにぃ☠」
だけどカモシカ少女の美香は、親友からの忠告に対し、思いっきり頭を横に振った。
「駄目……美香……我慢できない。だいじょうじゃない……☂」
それからなにを考えてか、突然この場で、制服を脱ぎ出す暴挙にでた。
「ちょっとぉ! 美香ったら、なんこく気ずらぁ! あん☂ 裸になっちゃったぁ〜〜☂」
ついに下着までも脱ぎ捨て、慌てる可奈の目前で、全裸となった美香。そのまましゃがんで、四つん這いの姿勢を取った。すると彼女のやや色黒系な素肌から、みるみると獣の剛毛が密生を始め、それが瞬く間に、全身を覆い尽くしていく。また頭部からは二本の青銅色をしたねじれ状の角が伸び、両手足の先が五本指から蹄{ひづめ}へと変形。
これは可奈が、子供のころからもう何度も拝見をしている、美香がニホンカモシカに変わるメタモルフォーゼであった。
「もう、美香ったらねぇ〜〜☃」
床に散らばった美香の制服や下着を拾い集めながら、可奈はぶつぶつと愚痴をこぼした。
「いくらお腹さ空いたからって、それとカモシカさ変身すんのと、いったいなんの関係があるずら? まさか好物の葉っぱでも、こん辺りにあるってわけでもねえし……♋」
その愚痴にカモシカこと美香が、コクリとうなずいた。
「えっ? ほんとにあんの?」
この返事を待たずして、美香がこの場から、脱兎のごとく駆け出した。
「きゃっ! 美香ぁ!」
その行く先がいったいどこなのか。可奈にはさっぱりわからなかった。だけどこのような話の展開になれば、可奈もあとを追わないわけにはいかなかった。
「あん! 美香ったらぁ、ちょっと待つずらよぉ〜〜っ☁☂」
ところがきょうのこのときに限って、美香の足は、ことさらに速かった。そのため可奈は、たちまち美香から引き離される破目となった。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |