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『剣遊記 番外編W』

第二章 只今、島流し中。

     (8)

「おっ、なんやぁ?」

 

 初め雨留守たちは、清美を眼中に入れていなかった。

 

 戦士学校に女生徒がいるなど特に珍しくもないが、彼らはある意味、男尊女卑の古臭い思想を持っていた。そのため単に、転校してきたばかりである清美を、高が女だと思って、まるっきり無視していただけの話なわけ。

 

 それが突然だった。横柄な口を出してきた転校生の彼女に、雨留守たちは一瞬だが、驚きととまどいを隠せなかった。

 

「な、なんや、ぬしゃ?」

 

「ぬしゃやなか! もうだいぶ前に本城清美っち、教室で自己紹介ばしてやったろうも! ぬしこそ人ん名前ば、きちんと覚えられんとけぇ!」

 

「しゃ、しゃんこつ、しっか(熊本弁で『そんなこと知るか』)……!」

 

 いきなり視界外にしていた女戦士見習いから逆に責め込まれ、貴族の御曹司が、本格的に返す言葉を失っていた。

 

「まっぽし、こぎゃんなら、あたいの勝ちばいねぇ☀」

 

 早くも勝負の行く末――楽勝を、清美は見抜いていた。そこで今度は、雨留守の周りにいる取り巻き四人に、攻撃の矛先を変換させた。

 

「ぬしらもぬしらばい!」

 

「……おれたちけ?」

 

 ひとりが自分を自分の右手で指差した。清美も右手で、そいつを指差してやった。

 

「そうばい! ぬしの名はなんやぁ!」

 

「うわ……!」

 

 清美から右手で指を差されたひとりが、思わずであろう。早くもドギマギの顔になっていた。なんだか心臓の鼓動音が、周囲にまで聞こえるかのようだった。

 

「……お、おれはぁ……☠」

 

 指差した相手の返答を聞かないまま、清美は続けて、右側の戦士見習いに矛先を向け直した。

 

「お次はぬしたい!」

 

「……お、オレ……☠」

 

「もうよか!」

 

 面倒臭くなったので、名前を訊くパフォーマンスはここまで。一方的に打ち切ってから清美は、派手な啖呵を繰り返した。

 

「そぎゃんこつばい! ぬしらこぎゃん恥ずかしかこつばっかりやりよんやけ、自分の名前も言えんごとなるとたい! だいたいひとりひとりに立派な名前っちゅうもんがあるとやに、それが親分の腰巾着ば決め込んで、力んあるおぼっちゃまの金魚の糞ばやりよんけん、自分の名前が要らんごつなるとばい! 自分に自信が無かもんやけ、堂々と名乗ることもできんとばってん、ほんなこつこれっち、自分の名前に自分で泥ば塗るってかぁ! ったく親がそぎゃんしっから、思いっきり嘆きまくるとぞ、こんおちゃっか野郎どもがぁ! こんまんまやったらぬしら一生、誰かの下っ端にならんと、ひとりでなんもできんほんなこつ名無しの腑抜け野郎の集まりになるとやけんねぇ!」

 

「ひ、ひとりやなんもできんなんっち……☢」

 

 取り巻き生徒のひとりが清美の長セリフを、ノドの奥で反復させていた。それも大将格である雨留守を除いて、全員が同じような仕草と同じような顔をしていた。

 

 ただ、声には出さないだけで。


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