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『剣遊記 番外編W』

第二章 只今、島流し中。

     (5)

 教官によって連れてこられた職員室には、徳力の知らない女性がいた。しかもその女性は、かなりきつい目線で、たった今入ってきたばかりであるドワーフの戦士見習いをにらみつけ、開口一番に言ってくれた。

 

「なんねぇ、これがあたいの世話係けぇ☠」

 

「せわがかりぃ?」

 

 これはあからさまな侮辱発言であった。しかし骨の髄から従属根性が沁みついている徳力は疑問こそ感じたものの、特に立腹はしなかった。その代わりでもないのだが、逆に彼女の頭のてっぺんから足のつま先までを、上から下まで眺め回してみた。これはこれで、まったくの遠慮なし行為である。

 

 このような微妙な雰囲気の中だった。教官が奇妙な出会いを、まるで演出するかのよう。通り一辺倒で女性と徳力を、面と向かい合わせた格好に並ばせた。

 

「紹介するばい☆ こちらは本城清美さんちゅうて、きょうから当校に転入してきた、やはり将来の戦士志望の生徒やけんね☀」

 

 これはかなりわざとらしい展開が見え見えの、まるで面接の真似事みたいなもの――と言えた。無論教官が本当にそこまで考えているかどうかまではわからないが、話だけは着々と進んでいた。

 

「実はある理由ばあって、本城さんは前ん学校から転校してきて、こん学校に来られたと⛴ やけど何分にも我が校んこつがようわからんとやけ、案内係がいるっち思うてやね、それで生徒ん中でいっちゃん気が利くっち評判のぬし……徳力に、本城さんの世話係ば頼もうっち思うたとたい☟」

 

「ボクがですけぇ……はあ、わかりました♠」

 

 徳力としても教官からの依頼に、拒否の意思はまったくなかった。本人も一応自覚はしているのだが、(前述したとおり)昔から人の言うことをすなおに聞く(聞き過ぎる)性格を、このときも充分に発揮させていた。

 

 ところが本城清美とやらのほうは、彼女自身はいったいなにを考えているのか、それともいないのか。まったく判別のできない、むずかしそうな顔に変わっていた。

 

「これがあたいの世話係けぇ……まあ、いっちょんわからんばってん、よろしゅう頼むばい☠」

 

 それでも新しい世話係――徳力に向かって、一応丁寧な態度で、右手を前に差し出してくれた。

 

「まあ、なんか付き合いになりそうやけ、仲良うしようばい☀」

 

「あっ……は、はい!」

 

 徳力も握手の求めに、馬鹿正直な姿勢で右手を差し出した。

 

「ど、どうも……い、痛っ!」

 

 ギュッと異常に力が入っている、清美の強烈なる握手であった。またこれは明らかに、相手に対する挑発行為そのもの。しかしそれでも徳力には、反抗心など元より皆無なのだ。

 

「たいぎゃ力ん強か人なんですねぇ……お手柔らかにお願いしますばいね☂」

 

 これほど痛い目に早速遭わされていながら、引きつり気味の愛想笑いを浮かべるだけ。

 

「けっ!」

 

 そんな徳力を一瞥。清美が親愛のカケラも感じさせない目線を、再び徳力に向け直した。実際に、自分よりも頭ひとつ分身長が低い徳力を、完全に見下しているような目付きであった。このような空気が、これまたわかっているのか、いないのか。

 

「ふたりとも、たいぎゃうまく行きそうばいねぇ♡ 今後ともむしゃんよかごつ(熊本弁で『カッコよく』)仲良うやってや☀」

 

 まるでひと昔前の青春ドラマの教師気取り。教官が清美と徳力のそれぞれの肩を、同時にポンと軽く叩いてくれた。しかし清美には、この教官の本心が、すでに明け透けでわかっているようだった。そっと徳力の右耳に、小声でささやいたのだから。

 

「こん馬鹿教師、あたいにぬしみてえな弱そうな監視役ば押し付けて、なーんも問題が起きんよう縛り付けるつもりばいねぇ☠」

 

 つまり問題児には、まったく真逆な性質の友達を付録に付けて、それで行動を抑制させようという魂胆であるらしい。

 

「……ったく、平穏に定年ば迎えることしか頭に入っちょらん連中の、腹かくごつあるやりそうなことばい♨」

 

「そ、そぎゃんもんですけぇ……☹」

 

 徳力にはそんな清美のセリフが、いまいち理解できなかった。それよりも相変わらず従順な姿勢で、清美に頭を下げるばかりでいた。

 

「そ、そんじゃ……そぎゃん言うことですけぇ……よろしゅうお願いいたしますばい……☁☹」


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