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『剣遊記 番外編W』

第二章 只今、島流し中。

     (4)

「よっしっ! きょうの訓練はこれまでたい!」

 

 戦士学校教官の、多少は疲れを感じさせながら、それでも威厳がある自分を誇示しようとしている張りのある声だった。

 

 その大声が、若い戦士の卵たちの間に、地震のように響き渡った。

 

 居並ぶ卵たちの中に、ドワーフ族出身の生徒である徳力良孝もいた。

 

「……やっと終わったばいねぇ♋」

 

 教官が立ち去ったあと、徳力は深いため息を吐きながら、右手に持っている小型剣を、腰のベルトの鞘にパチンと収めた。そんな徳力に向かって、うしろから何人もの同級生たちが、横柄な口調で声をかけてきた。

 

「おらぁ、トクよぉ!」

 

「おれん鎧ば、いつもんとおり洗っとくんばい!」

 

「オレのもやけんね!」

 

「はいはい☠」

 

 これは要するに、仲間であるはずの戦士見習いたちが、徳力を雑用係にして便利にコキ使っているわけ。

 

 まあよくある、いじめ話の一種なのだが。

 

「しゃんむっでんせんちゃ(熊本弁で『そこまで無理しなくて』)、よかばい……っちゅうのは、わかっちょんやけどねぇ♋」

 

 徳力の場合、このような状況が日常過ぎて、もはや当たり前の感覚となっていた。いわゆる学校内で最も下っ端の位置に甘んじている――言わば使用人根性とでも言うべきか。

 

「ふぅ……これば全部洗うんけぇ……♋」

 

 同級生たちから押し付けられた練習用鎧の数は十六着。早い話が全員分。しかしドワーフの徳力は、これも毎日の修行のひとつと思い込むようにして、今の自分の立場を(少々不本意ながらも)受け入れていた。

 

 それからひとつひとつの鎧を丁寧にかかえ上げ、校舎の裏にある洗濯場へと足を向けた。

 

 十六着の鎧も合計するとなれば、なかなかの重量だった。

 

 本来ドワーフ族なる種族の特性は、とにかく頑固一徹が一番有名。しかし徳力だけはなぜか、とても温和で従順な性格をしていた。そのためなのか幼少の時分より、他人から勝手に使われる場合が多かった。それこそ同種族であるドワーフたちからも便利屋扱いされる毎日だったので、それを見かねた両親が戦士学校へ半強制的に入学させたのだ。

 

 だけど境遇に変化は、まったく起こらなかった。

 

 ドワーフはまた、一般の人間よりも遥かに長命。従って徳力は入学した時点において、すでに同級生たちの中で、年齢が一番上位となっていた。ところが現在では、誰もがその事実を忘れ(当の本人も忘れている)、徳力を小間使い扱いにしている有様なのだ。

 

 これは人間がドワーフを格下扱い――つまり差別していた時代の名残りを感じさせる所業でもあった。

 

 そんな徳力の所へ、授業を終わらせたばかりである先ほどの教官が現われた。

 

「徳力っ、こぎゃんとこおったとか☀」

 

 それから有無を言わせず、半無理矢理的に徳力の右手を自分の左手で握り締めた。

 

「ちょうど見つかって良かったばってん、ちょっとこっちば来んね✈」

 

「えっ? ボ、ボクばですか?」

 

 初めはなにがなんだか訳がわからず、同級生たちの鎧に目を向け直した徳力であった。

 

「で、でもぉ……ボク、こん鎧ば洗わんとぉ……☁」

 

 教官は鼻で笑った。

 

「そぎゃんこつ、俺からあとで、あいつらに自分の鎧ば自分で洗うよう言うとくけんね☻ そやけ早よ来や!」

 

「は、はい……☁」

 

 なかば強引に、教官から引っ張られるかたち。徳力は職員室へと連行された。鎧を全部、洗濯場に置き去りとした格好で。

 

 これでは教官が行なっている行為自体、同級生たちの相手のプライドを無視したやり方と、ほとんど変わらないと言えるかも。しかし徳力は昔から、人から『右ば向け☞』と言われたら正直に右を向き、また『カラスは白かぞ✊』などと言われれば、『はい、白かです✋』と、そのような反応しかできない男なのだ。


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