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『剣遊記 番外編W』

第二章 只今、島流し中。

     (3)

 ドッボォーーンと、たった今相棒の女戦士が、海へと飛び込んだ水音。ドアも窓も完全に閉まっている船室の中にまで、その音が響いてきた。

 

 その音で目覚めたわけではなかった。徳力の耳は初めっからしっかり、すべてを聞き入れていた。無論簡単に『寝てます』と言ったところで、早々寝られるものではない。徳力はもう何回も繰り返し読み直している月遅れの週刊誌に目を通しながら、まるで他人事のような気持ちで、今の音を耳に入れていた。

 

「また……ほんなこつ一日{いちんち}中、裸で島ん中ばほっついて、ついでにおっこいつく(熊本弁で『ふざけ回る』)んやろうねぇ☢」

 

 実際にその光景を目にしたら、本当に命に関わる事態となるであろう。それがわかっているので、一度も覗きの無茶は実行しなかった。しかしそれでも、だいたいの想像は可能。それなのになぜか、欲情がまるで湧き上がらない辺りの自分自身の感情が、これまた不思議と言えば不思議でもあった。

 

 もしかすると、それはある意味清美との付き合いが長過ぎて、その辺りの感情が、とっくにすり減っているせいかもしれない。当人同士は、まったく意識もしていない要因でありそうだが。

 

「しっかし、いくらもともとから野生に近か人ばってん、大自然の中でおっこつくんが、たいぎゃ好きな人なんやけんねぇ〜〜☻ 風邪かて引いたこつなかやし☠」

 

 船内に本人(清美)が不在中とはいえ、まともに面と向かって言えば、確実に拳骨の十発か二十発は返ってくるだろう。そのような危険極まるつぶやきが出来るのも、彼と彼女――徳力と清美の、いわゆるひとつの腐れ縁だったりして。


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