『剣遊記 番外編W』 第二章 只今、島流し中。 (11) 徳力は漁船の船室で、先ほどからずっと、週刊誌の黙読に没頭していた。だけども前述したとおり、もう何度も同じページばかりを繰り返し読んでいるから、本当はいい加減に飽きもきていた。
さりとて、他に読む書物もなし。だからたまに甲板に出ては、気晴らしに望遠鏡で、周辺の海を見回した。
「あれ?」
本来はただの暇つぶしだった。それなのに水平線の彼方、遥か遠方にポツンと、一隻の船が浮かんでいた。
いやそれは、まさに大型の船舶と言ってもまったく問題のないシロモノだったのだ。
「……おかしかねぇ……今ごろこん海ばほっつく船の航行は無かっち、なっとったとばってんが……?」
清美と徳力は出港前、五島市の衛兵隊から五島列島周辺を航行する船舶の、詳細な予定表を受け取っていた。
無論面倒臭がりである清美は、それに一度も目を通していなかった。だけど几帳面な徳力は一応きちんと、予定表の内容を把握していた。それに依れば今現在、付近の海域を船舶が航行するとは、一行も書かれてはいなかった。
これは近海の漁船も同様。だから今、望遠鏡で見えている大型の船舶は、予定外の不審船である可能性が高いのだ。
「こりゃまずかばい……☢」
望遠鏡で覗いて見る限りでは、不審船は徳力が乗っている漁船の、ほぼ三倍の水線長がありそうな大型船だった。それが大きな帆を張って風を受け、かなり速いノットで航行中。これでは愚図愚図などしていたら、それこそあっと言う間に逃げられる事態が確実な状況といえた。
「早よ清美さんに教えないけんばい……☠」
徳力のあせりは、ひと言これに尽きた。だけど超特大問題が。
「ど、どぎゃんしよ……清美さんが島におるとはわかっちょんやけどぉ……今んとこ真っ裸でおるとやしぃ……どぎゃんしたらよかとばってんねぇ☁」
怪しい船の出現を、絶対に早く伝えないといけない事態。しかしそれを実行するには、あまりにも障害と危険性が大き過ぎるのだ。
そんな状況下で、徳力があせって困って悩んでいる間にもだった。問題の不審船自体は、徳力が乗っている漁船に、まったく気づく様子もなし。悠々と目の前の海を進み続けていた。 (C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |