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『剣遊記 番外編W』

第二章 只今、島流し中。

     (1)

 太陽がさんさんと照りつける、大海原のド真ん中。

 

 ここは九州の西の海。遠景に五島列島が望める、東シナ海の東側辺りの海上。

 

 このおだやかなる海域で、小さな漁船が一隻。のんびりと波間を漂っていた。

 

 ただし、漁船に乗っている者は、本職の漁師ではなかった。

 

 船員は二名のみ。北九州市の未来亭から派遣をされてきた、戦士がふたりとなっていた。

 

 清美と徳力の両名であった。

 

 ちなみにこの船は一応、漁船の体裁を取ってはいるのだが、これが実は偽装。本当は地元衛兵隊の哨戒船なのだ。それを清美と徳力が貸与され、ふたりだけで大海のド真ん中を、ほとんど漂流同然のかたちで巡航しているわけ。またこれこそが、地元五島市の衛兵隊から依頼をされた、密輸取り締まりのための哨戒任務である。

 

 一応船内は居住設備が充実しており、飲料水と食料(乾燥野菜と干し肉ばかりだけれど)が充分に貯蔵されていた。だけども乗員の気分のほうは、もう最悪と不快の極限的様相となっていた。

 

「ああ〜〜、まっごあくしゃうつぅ! おっこいつくぅ、ばたぐるぅ、腹かいとるごったぁばい!」

 

 怠惰な日々の流れが続き、狭い船室内に陣取る清美は、完全に腐っていた。そのためでもないが操船の仕事は全部徳力に押しつけ、自分は辺り構わず(とは言っても、ここは海の上なんだけど)愚痴を撒き散らしてばかりいた。

 

「ほんなこつあくしゃうつぅ! けっきょくこれっち、ただの島流しみてえなもんやなかねぇ♨ 店長のおちゃっかもんが、あたいになんか個人的恨みでもあるっちゅうとねぇ!」

 

(それはなかでしょうばってん……他に理由があるとすればぁ……それはこれ以上、店の損害ば増やさんようするための方策やろうねぇ……☁☂)

 

 愚痴の聞き手は、同乗者である相棒のドワーフただひとり。哀れにも徳力は、すでに一週間以上もの長きに渡って、清美から八つ当たりの被害を受け続けていた。

 

 この状況と艱難辛苦の有様は、それなりに表彰状ものの苦行であった。しかしさすがに、きょうというきょうは、我慢が限界に達していた。

 

「清美さん、もうちょっと静かにしてくれませんけ? 大声ば出しておめいたかて、おなかが減すだけやっち思いますばってんが……☠」

 

 これでも徳力としては、精いっぱいの反抗的態度。だけどこれしき、清美には蚊が刺したほどの威力さえ有り得ないのだ。

 

「そぎゃん言うとやったらねぇ、おめえはあたいのために、もっとうつくしゅう平らげれるようなうまか飯ば作れっち言うとばい! 毎度毎度おんなじ乾燥野菜ば水で戻したんだけのスープに、干し肉とたまに運良う獲れた魚の干物ばっかしでくさぁ♨ あたいはジュージューと香ばしい焼き肉ば食いたいんばぁーーい!」

 

 けっきょく間髪を入れずの逆襲が、いつものパターン。今さら説明の必要もないが、船上でも炊事洗濯掃除の係はすべて、徳力に押しつけられていた。おまけで先ほど申した操船も。

 

「海ん上じゃあ、新鮮なお肉の調達は無理ばってん……☁」

 

「せからしかぁーーっ!」

 

 相棒のか細い言い訳など、初めっから聞く耳持たず。清美が東の方向を右手で指差しながら、さらに声を大にしてがなり立てた。

 

「それよか、またあん島に上陸ばして、きょうも水浴びさせてもらうったいねぇ! トクっ! 船ばあん島に着けるったい!」

 

 清美が言うところの『あん島』とは。

 

ここ五島列島付近の海域は、日本近海でも特に離れ島が多い所であって、人が住む大型の島以外に無人島もたくさん、海の上に浮かんでいた。その中には湧き水が豊富にあり、これでどうして人が住まないのか、とても不思議に思える小島も、けっこう多かった。

 

 清美と徳力は、そのような島のひとつの目を付けて、仕事の合間――ではなくて、しょっちゅう勝手に、職務を離れては上陸。自由気ままな休憩時間を満喫しているのだ。


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