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『剣遊記 番外編W』

第一章  豪快! 女傑伝説。

     (6)

「哨戒任務の依頼げなぁーーっ!」

 

 清美の度外れた大声が、北九州市でも指折りの建造物(木造四階建て)である未来亭全体を、まるで激震のごとくに揺さぶった。

 

 ガラスも何枚か割れたかも。

 

 それでも二階執務室にある自分専用の事務机に鎮座したまま、微動だにひとつしない黒崎氏は、やはり大人物だと称えても良いだろう。

 

 同じ執務室にいる勝美と徳力が、そろって両手で耳を押さえている中なのに。

 

 その黒崎が、冷徹能面な表情で、清美に言った。実に淡々とした口調と、感情抜きの落ち着いた姿勢を貫いて。ついでに言えば、帰りの道中に話しても良さそうなのに、なぜかひと言も言わなかったことを。

 

「そうだがや。依頼人は長崎県の西に浮かぶ五島{ごとう}列島五島{ごとう}市の衛兵隊で、最近日本国内と大陸の犯罪組織との間で、密輸入が頻繁に起こってるらしいので、腕のある戦士を哨戒任務で紹介してほしいとの要望が来てるんだがや」

 

 もちろん清美は、猛然と喰らいついた(ちなみに『哨戒』と『紹介』の駄洒落には、誰も突っ込まなかった)。

 

「そぎゃんやおいかん話ばい! 哨戒任務たって、ただ一日{いちんち}船に乗っちょって、プカプカ浮かんじょうだけばってん! 数ある依頼仕事ん中で、いっちゃん日報に『異常なし』っち書いたら終わるようなチョー暇で、平凡仕事の最たるもんやろうもぉ! なしてあたいが、そぎゃん仕事ばせんといけんとねぇ!」

 

 清美のこの剣幕は、店子が雇い主に対して、ふつうは行なえる態度ではなかった。いやそれ以前に、女性としてのお淑やかさを、完ぺきに逸脱しているとも表現できそうだ。そんな清美を前にして、黒崎の目が、キラリと光った。

 

「理由が訊きたいきゃーも」

 

 これは黒崎が時に垣間見せる、彼なりの感情変化の表現であった。

 

「当ったり前やろうも!」

 

 清美も店長の迫力に負けちゃらんけ――とばかり、さらに大きな声を張り上げた。そのような緊迫した状態にも関わらず、黒崎は口調を、やはり丸っきりの冷静淡々で通していた。

 

「では言おう。このたびの博打王疑路一味の逮捕。そして首領の疑路を始め、彼の配下八十五名は、全員収監されることとなったと、別府市の衛兵隊から感謝の報告が入っとうがや。それはそれで良しとするがね。ただし問題は、その際君は、疑路一味の本拠である建物を壊しただけではなく、その破壊の際に周辺の無関係な建物にも少なからずの損害を与えとうがね。よって、その被害総額は別府市が合計したところによれば、およそ金貨で四十万枚分だそうだがや」

 

「……き、金貨よ、四十万枚……♋」

 

 数字を聞いた徳力が、両手の指を何回も曲げたり伸ばしたりしながら、両目を白黒とさせていた。

 

「そう、四十万枚分だがね。そうだったね、勝美君」

 

「はい、店長♡」

 

 初めから机の右端で控える勝美が、黒崎向けの笑顔でうなずいた。

 

「うむ」

 

 それから黒崎は、座っている事務用椅子をクルリとうしろ向きに回転させ、清美と徳力にここでも背中を向けた。それは哀愁のひとカケラも感じさせない、むしろ氷点下を連想させるような、冷たい後ろ姿でもあった。

 

「その分の補償は、僕のほうで持つことにするがや。君たちは依頼された仕事を完遂させただけで、責任というものはまったく無いがね。まあ、熱くなった頭を海風で冷やすのも、たまにはええかもしれんがや。それでは君たちに、長崎県五島市への派遣を命ずる、以上だがね」

 

「……まっごあくしゃうつぅ(熊本弁で『とても頭にくる』)!♨♨」

 

 反論可能な言い訳の材料が自分の脳内にまるで見当たらず、清美は歯がゆい思いで、くちびるを噛む仕草。その横から徳力が、恐る恐るの顔付きで、黒崎店長に尋ねていた。

 

「あのぉ……ボクもですけぇ?」

 

「そがん風に決まっとうとばい♥」

 

 返答は勝美がしてくれた。


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