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『剣遊記Y』

第三章 精霊抗争勃発!

     (7)

 昼礼終了後、沙織は従兄――黒崎がいつも使っている執務室に入って専用の机に席を取り、給仕長の熊手から渡された書類に目を通していた。

 

 まずは顧客名簿から――その中のひとりに、沙織は大きな関心を寄せた。

 

「おっどろいたぁ〜〜っ! 剣豪として有名な板堰守が泊まってるじゃない☆ これは事件だわ♡」

 

 名簿を机の上に置いて、沙織はすぐに天井を見上げた。

 

「大里さん、いるんでしょ 早速なんだけど来てくれない♡」

 

「はっ!」

 

 間髪を入れず、大里がその黒い姿を、執務室に参上させた。

 

 まずは右の膝を床に付け、ひざまずきの姿勢から。

 

 いったいこの部屋のどの入り口から現われたものやら。皆目不明のままに。

 

「早々の御申し付けにてござるかな? 沙織殿」

 

 これを事情の知らない者が見れば、恐らくは仰天をして、腰を抜かしたりなんかして。もっとも、すでに御庭番の神出鬼没ぶりを拝見済みである沙織は、まったく気にする素振りもなし。早くもふだんの自分の調子で、大里に尋ねた。

 

「あなたも忍びの世界にいて長いのなら、剣豪の話も知ってるわよねぇ✍」

 

「御意にてござる」

 

 ここでも大里が、深々と頭を下げる。沙織はこの姿を見て、『忍者ってカッコいいわねぇ〜〜♡』などと内心でベタボメしつつ、口では主{あるじ}気取りで話を続けた。

 

「実は今、未来亭にその剣豪が泊まってるのよ☆ それでもし良かったら、その人の行動を探ってくれないかしら✌」

 

「其れは黒崎氏の御意志にてござるか」

 

「いいえ、わたしの考え✌ 嫌なら無理にとは言わないけど✄」

 

 沙織の返答を得るなり、大里はここで頭を少し上げ、口の端に微かな笑みを浮かべた。それから床にひざまずいた姿勢のまま、沙織に深いうなずきで返した。

 

「承知仕{つかまつ}ったにてござる。元拠り拙者、沙織殿からの御命令を授かるに辺り、如何程{いかほど}の制約も負うては居{お}らぬ身の上故、拒絶致す理由を持ち合わせては居らぬでござる」

 

「じゃあ、お願いするわね♡」

 

「委細承知っ、万事拙者に御任せ有れ!」

 

 沙織が喜んでペコリと頭を下げた瞬間だった。参上時と同じ唐突さで、黒い影――大里が瞬時に執務室から消失した。


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