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『剣遊記Y』

第三章 精霊抗争勃発!

     (4)

 このとき涼子が、もう少しこの場に留まっていたら、実はさらなる凄い人物と遭遇できるところだった。

 

 その人物は、中庭にひとりで残った沙織がキョロキョロと辺りを見回し、周囲に誰もいないことを確認してから現われた。もち幽霊など、想定の遥か外の世界である。

 

「大里さん、いるんでしょ☞ もう出てきていいわよ♡」

 

「はっ!」

 

 次の瞬間、沙織の眼前に、黒い影が唐突に出現した。

 

「きゃっ!」

 

 以前に従兄――黒崎から聞いていたので、頭ではわかっているつもりだった。だけど、まるで無から生じたとしか思えない登場の仕方に、沙織は思わず驚きの声を上げた。その沙織を驚かせた男は全身、頭から足のつま先まで、完全なる黒装束(実は少々茶色混じり)で身を包んでいた。

 

「大里峰丸{だいり みねまる}。只今此処{ここ}にて参上にござる」

 

「ふ、ふぅ〜ん♋ さすがは黒崎家に代々仕える御庭番よねぇ☻」

 

 強がりこそ並べてはいるものの、本当は内心で、沙織はビックリドキドキの状態。

 

「け、健二兄さんに教えられてなかったら、わたしもあなたがここにいること、全然知らないままだったわ♋」

 

 沙織の言うとおり、大里峰丸は先祖代々より黒崎家に仕える御庭番の子孫であり、わかりやすく説明すれば、『忍者』なのである。

 

 その大里が左足の膝を地面につけ、かしこまった忠義の姿勢でしゃがみ込み、重々しいセリフを述べた。

 

「譬{たと}え分家と言えども、桃園家も主家黒崎家とは真に縁深き血筋故、決して疎{おろそ}かには扱わぬ様、黒崎氏{うじ}拠り厳重に命を授かっている由にてござる。『沙織殿を命に代えても補佐せよ』と」

 

「大袈裟よねぇ☻」

 

 もろ堅苦しいしゃべり方をする大里を見て、沙織はくすっと苦笑した。

 

「高が……って言ったらいけないけど、宿屋の新人経営者に、そんなオーバーな補佐は要らないわよ♠ それに……」

 

「其{そ}れに? 如何{いかが}為{な}され申したにてござるか?」

 

 大里が頭を上げ、沙織を下から仰ぎ見る。これに沙織は、苦笑気分のままで応じた。

 

「あなた、健二兄さんから命令されてるのは、それだけじゃないでしょ♐」

 

「むむっ」

 

 いかにも図星を突くような沙織の瞳に見つめられたあとだった。大里の口の右端が、ニヤリとゆがんだ。

 

 沙織はこれで確信した。

 

「やっぱり✌ 大方こうよねぇ✈ 健二兄さんからわたしの経営者としての力量を、推し量るようにも言われてるんでしょ♡」

 

「…………」

 

 大里の返答は沈黙だった。だがこの態度こそ、言葉以上に雄弁となって、おのれの本心を語っていた。あるいは、あらかじめ予想していた大里自身の行動なのかも。

 

「まあ、ハッタリのつもりだったんだけど……どうやら当たったみたいね♡」

 

 ここでようやく、大里が口を開き直した。

 

「いやはや、流石{さすが}は黒崎氏の御従妹殿。全く侮{あなど}り難{がた}しにてござる」

 

「お世辞はもういいからぁ♥ 用件が済んだら、またしばらく姿を隠しててね♐ あなたのことは友達にも秘密にしておくよう、健二兄さんから厳重に言われてるんだからぁ☝」

 

「御意にてござる」

 

 沙織が念を押した再び次の瞬間、中庭から御庭番の黒い影が消失した。それこそ枯れ葉の一枚。石ころのひとつでさえ、一ミリも動いた様子がないほどに。

 

「さてと☺」

 

 これで本当に、中庭でただひとり。沙織はもう一度、未来亭の建物を下から見上げた。それから女性としては、それらしくない格好――胸の上で両腕を組んでつぶやいた。

 

「健二兄さんの厳しい監視の下なんだけどぉ……わたしにどこまでできるかしら……ってね♡」

 

 自分ではこれで可愛らしいつもり。右の瞳を閉じつつ、舌先👅をちょっと口先から覗かせながらで。


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