前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記Y』

第三章 精霊抗争勃発!

     (3)

 中庭では給仕長の熊手が、ひとりで店長従妹の到着を待っていた。出張した黒崎の指示で、店の給仕長が迎えにきているのだ。しかしそれにしても、この場にいる者が熊手ひとりという状態は、少々寂しい感じもする。

 

「あんでんねー! だぁれもいないでんいぇー☹」

 

 ひと足先に着地した浩子が、不平不満を募らせる気持ちも、これはこれで無理はなし。続いて絨毯が、音もなくゆっくりと降下。沙織が中庭に降り立った。

 

 来訪者にハーピーがいる話も、すでに熊手は黒崎から聞いていた。だからこの時点において、特に驚く必要もなし。

 

「仕方ないわよ☹ 健二兄さんも中国行きを急いでたんだし、わたしがここに来ること自体が急な話だったんだからぁ☺」

 

 沙織自身は『まあ、こんなもんね☻』と、割と冷めた気分でいた。そんな彼女が未来亭を改めて眺め回しているところで、熊手が絨毯に載せていた手荷物やカバンなどを、自分の小脇にかかえていた。これも店長からの命令。大事なお客様たちの持ち物を、用意している部屋まで運ぶ仕事である。だがなぜか、給仕長の周囲には、季節外れの小規模な旋風{つむじかぜ}が吹いていた。

 

「そうだわ! 泰子も服着なきゃあ☀」

 

 その風を感じた沙織が、突然妙なセリフを言い出した。これにより熊手は無言のままだが、表情はしっかりと、驚きを現わしていた。その理由は沙織が地面に置いたカバンのひとつを急いで開き、中から女性物の洋服の上下を一式取り出したからだ。

 

 熊手はやはり、『?』の顔付きで、沙織の不可思議な行動を眺めていた。しかし沙織は給仕長には構わず、洋服(と言うよりも、青が基調の学生服といった感じ。ついでに青いネクタイも)の上下を地面の上で、人のかたちに並べ始めた。

 

「?」

 

 熊手はやっぱり、理解ができないような顔。それからだった。

 

「泰子ぉ! 用意できたわよぉ♡」

 

 沙織がなにも見えない空中に向かって、いきなり大きな声で呼びかけた。

 

「?」

 

 ふだんは無口である熊手も、ここでは当惑の顔丸出し。するととたんに、先ほどよりもさらに強力な旋風が、中庭周辺に巻き起った。

 

「!」

 

 熊手は今度は、心底から仰天をした。日頃の超ポーカーフェイスなど、それこそどこ吹く風の有様。

 

それも無理はなし。地面に置かれた洋服が、風に吹かれてふわりと宙に舞い上がったかと思うと、並べたままのかたちで、空中に固定をしたからだ。

 

 しかもやがてうっすらと、瞳を閉じた顔と人体が浮かび上がってくる。

 

 沙織と同年代と思われる、うら若き髪の長い女性の姿が。

 

「ご苦労さん♡ や・す・こ♡」

 

「あ〜〜、こえぁ〜〜♥」

 

 沙織が声をかけると、髪の長い女性――泰子が立ったままの姿勢で、パッチリと瞳を開いた。それから自分の両肩を右手と左手で交互に揉み揉みしながら、地上にふわりと音もなく着地。ひと言つぶやいた。

 

「あんた、ただ飛ぶだけならぁ、世界一周もなんもかも平気だんしぃ♥ でも、さすがに人や荷物さまでたがぐんはぁよいでねぇ☹ 帰りもこれどごやるんだがらぁ?」

 

 沙織は笑顔で、泰子にうなずいた。

 

「文句はあとで聞いたげるからぁ♠ まずはご挨拶からでしょ♐」

 

「あっ、はいはい♪」

 

 沙織からうながされ、泰子とやらが熊手に振り向いた。

 

「せば、よろしくなんだがらぁ♡」

 

 初めはこのふたり(沙織と泰子)の会話を、ただ呆然と眺めている感じの熊手であった。だけどとにかく、店長からの話どおり、三人がそろったわけである。すぐに給仕長らしく襟を正し、直立の姿勢を取った。でも、どこまでも無言のまま。代わりに沙織が熊手に言った。

 

「あとで従業員の皆さんにも紹介するけど、先に熊手さんから言うわね♫ こちらが大蔵浩子さん♬」

 

「はぁーーい♡ よろしくべぇ♡」

 

 沙織から紹介された浩子が、両手の翼を大きく広げて元気いっぱいの愛嬌を振り撒いた。もち熊手は、黙ってうなずくだけ。それに構わず、沙織が続けた。

 

「それとこちらは永犬丸泰子{えいのまる やすこ}さん♪♪ 初めてでビックリしたでしょうけど、彼女はシルフ{風の精霊}なの✍ 出身はぁ……え〜っとぉ……✎」

 

「東北の秋田県だぁ✪」

 

 少々言葉がつまづいた沙織に、泰子が妖しく、微笑みながらで代弁した。沙織は逆に苦笑を浮かべ、紹介を続行した。

 

「そ、そうなの✌ とにかくふたりとも長旅で疲れてるから、熊手さん、すぐにお部屋に案内してあげて♡」

 

「えっ? 沙織はあじするの?」

 

 浩子が驚いたように尋ねると、沙織もニコッと微笑みで返した。

 

「わたしはもう少し、ここで休んでくわね♡ 昼過ぎに従業員と店子の人たちに挨拶しないといけないから、なにを言おうか考えておきたいの♡」

 

 それから熊手が荷物を両手で抱え、沙織から言われたとおり、泰子と浩子を用意していた部屋まで連れて行った。

 

 行く先はもちろん、未来亭の女子寮。ところがこの様子を、涼子がこっそりと、空中から覗いていたりして。

 

『うわぁ〜〜☆ ハーピーにシルフけぇ✍ こりゃまた新しい新人さんたちが来ちゃったわけっちゃねぇ✌ これっておもしろそうやけ、部屋までついて行ってみよっと♡』

 

 恒例の好奇心を丸出し。ふわふわと熊手たちのあとを追っていった。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system