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『剣遊記Y』

第三章 精霊抗争勃発!

     (26)

「ちょっとぉ……まぁた失敗やない……♨」

 

 通路の奥にある柱の陰からこっそりと様子をうかがっていた由香が、孝治たちには聞こえない小声で憤慨中。ところがこれまた反対に、裕志は今度も心底からほっとして、深いひと息を吐いていた。

 

「さっ、これで気が済んだっちゃろ☆ どうやら泰子ちゃんにはなんか強力な幸運の神様がついとうみたいやけ、ぼくにもきっと太刀打ちできんとばい☺」

 

「そげな話っち、あり?」

 

 由香はまだまだ納得のできない顔付き。それでもとにかく、二回も作戦を決行して失敗したのだ。これで由香もあきらめるっちゃろうねぇ――と、裕志は楽観的に期待をした。ただし裕志も由香も、無用に巻き込んでしまった被害者である孝治を、これっぽっちも可哀想と言わないところが、とても薄情ではあるのだが。

 

 そんな裕志と由香のうしろから、なんの脈絡もなしに、いきなり荒生田が現われた。

 

「なんしよんね? おめえらふたりで☞」

 

「あっ、先輩……あれ?」

 

 声に振り返った裕志の目には、サングラス😎の先輩がいつもより、ずっと身綺麗に写っていた。それはリーゼントの髪がテカテカと光り輝き、おまけに香水の香りまでが、プンプンと鼻に突く有様だったのだ。

 

「いったいどげんしたとですか? 先輩、なんだかオシャレしちゃって♐」

 

「ゆおーーっし! よう気づいてくれたっちゃねぇ☀☀」

 

 裕志から変身の理由を訊かれた荒生田は、いつになく機嫌が良好らしかった。そんな様子であるからして、意味もなしにニヤついたうえ、前歯までもキラリと光らせてから、後輩の問いに答えてやった。

 

「ちょっと散髪してきたとやけど、どうね? 決まっちょうね? なんせ散髪屋の親父にいつもよう多めに払って、念入りに刈り込んでもろうたけねぇ☀♡ で、ちょっと訊くとやけど、沙織さんがどこおるか知らんね?」

 

(ははぁ〜〜ん☆)

 

 裕志は先輩の魂胆が、このときすぐにピン💡ときた。昼礼のときに宣告していた沙織への自己プロデュースを、早速実践する気でいるらしい。

 

 そのために、ふだんなら自分で刈っている頭の髪をわざわざ散髪屋で整髪してもらい、さらに香水までも体全体に振り撒いたわけなのだ。

 

 もっともこの思いは口には出さず、裕志はすなおに答えてやった。別に嘘を言う必要性もないので。

 

「沙織さんやったら、たぶん店ん中っち思いますっちゃよ☞ さっき浩子ちゃんや泰子さんが呼ばれて行きましたけ✈」

 

「ゆおーーっし! わかったぁ!」

 

 それだけを聞くと、荒生田はもはやうしろを顧みることもなし。まっすぐ酒場へと直行していった。ふだんのサングラス男からはまったく不似合いな、香水の香りを周囲にプンプンとばら撒きながらで。

 

 このような無謀とも言えそうな先輩の暴挙ぶりを、裕志はなかば呆れるやら。あるいは逆に、頼もしいと感じ取るやら。とにかく複雑な思いで見送った。

 

「先輩……たぶん逆玉の輿ば狙ろうちょるんやろうけどぉ……たぶん無理っちゃろうねぇ☻ あげないい加減な性格やけん☟ でもぉ……もしかして……ってね☻」

 

 荒生田が行ってしまったのを確認してから、裕志は目の前だったら絶対に言えない心の中の思いを、ぶつぶつとつぶやき続けた。そんな裕志のうしろでは、荒生田などまるで眼中になかった由香が、いまだに懲りないウンディーネぶりを発揮中。裕志と同じようにつぶやいていた。

 

「二回失敗したからっちゅうても、まだ三回目があるとやけね✌ 今度こそあの生意気な秋田風女ばギャフンっち言わせちゃるとやけぇ☠☠☠」


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