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『剣遊記Y』

第四章 金髪魔神あらわる。

     (1)

「沙織ぃ、たがぐた(秋田弁で『待たせた』)だなぁ☺」

 

「もう、ほんとに待ってたわよ☜」

 

「あら? 沙織ひとりじゃながったんだなぁ★」

 

 泰子はすぐに、気がついた。浩子が半強制的に泰子を連れてきた酒場のテーブルには、当の沙織が待っているだけではなかった。剣豪の板堰と、押しかけ弟子である大介も同席していたのだ。

 

 ただし、沙織が未来亭次期店長の貫禄そのままに振る舞っているのに対して、板堰はともかく泰然自若。これまた自然体で、堂々と両腕を組んで構えていた。しかし大介だけは、このような酒の席には慣れていないせいだろう。どこかおどおどとした感じで、ソファーの右端に縮こまっていた。

 

 リザードマンの表情筋では、相変わらずそこのところがわかりにくいのだが。

 

 無論沙織は、そんな大介にはまったくお構いなし(もともと相手にしているわけでもなし)。遅れてきた泰子に、ビジネス口調で話しかけるだけだった。

 

「泰子、来た早々で申し訳ないんだけど、ここにおられる板堰先生に、お酌をして差し上げて☺ だけど先生はお酒が飲めないそうなので、温めた牛乳をご賞味されるそうよ♡」

 

「あっ、はいはい♐」

 

(沙織っだらぁ、剣豪板堰守の引き抜きさ、さっそくおっ始めるつもりなんだがらぁ✌)

 

 泰子は給仕係の仕事を始める以前から、すでに沙織から、剣豪の話を教えられていた。そのためすぐに、親友の意図も察知した。

 

「はいはい✌ ちゃっちゃど始めるだぁ♪」

 

 板堰と大介の間に席を取り、テーブル上ですでに用意をされていた温めたての牛乳を、これまた用意されているカップにとくとくと注ぐ。

 

 ここまでは実に、手慣れた接待ぶりだった。

 

「はい、どんぞ♪」

 

「これはかたじけねー♦ しかし、わしが酒が飲めねーのが、よーわかったもんじゃのぉ」

 

 泰子からカップを受け取りながら、板堰が沙織に、苦笑混じりの顔を向けた。沙織はこれに、くすっとした微笑みで返した。

 

「いえ、これくらいは経営者として当然ですわよ♥ お客様のご要望に応えるサービスも大事ですけれど、その前になにを望まれるのかを、事前に気づくことも必要ですから♡」

 

 などと、やや自慢げに語る沙織。しかし、泰子は知っていた。

 

(沙織も役者なんだがらぁ☆)

 

これらはすべて、沙織が大学で学んだ経営学。それを得々と並べる、見事な鼻高ぶりでもあった。だけど本当の経緯(これは泰子も浩子も知らない)をバラせば、板堰の下戸も含めて、すべて御庭番の大里に命じ、事前調べさせておいた情報。つまり大里は板堰本人には気づかれないよう、その生活様式から食事の好みに到るまできめ細かく調査を行ない、沙織に報告していたのだ。

 

 ただし、隠密調査を実行した大里に言わせれば、かなりの苦難に満ちた任務であったらしい。

 

「いやはや、今回の忍び偵察は甚{はなは}だ命懸けにてござったわ。拙者が如何{いか}に気配を絶とうとも、板堰殿に感付かれ掛かるは、一度や二度では相済まなかった似てござる」

 

 これはのちに語られた大里の談。

 

 ここで沙織は、横で固くなっている大介にも、ようやく声をかけてみた。

 

「大介さん、あなたもなにかお飲みになりませんか?」

 

 すると大介は、慌てて頭を横に振り、どこまでも生真面目に応じるばかり。

 

「い、いえ! 先生がお酒を絶ってらるるのに弟子のおれがそげえ飲むだなんち! そげなことはできましぇんっちゃ!」

 

 これには先生と言われた板堰のほうが、気をつかう始末となる。

 

「大介、わしゃあ別に酒を絶っとーわけじゃのーて、ほんまに飲めんだけじゃ☺ じゃけん、わしに遠慮せんでえーぞ⛑」

 

 頑なな押しかけ弟子の緊張を、落ち着いた姿勢でやわらげようとしていた。


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