『剣遊記Y』 第三章 精霊抗争勃発! (24) 「うっ……重っ!」
泰子は前が見えなくなるほどのお皿の山を両手でかかえるようにして持たされ、よろよろと慎重な足取りで、通路をゆっくりと進んでいた。しかしそれでも、タメ口だけはやめなかった。
「新人のわたすにこんただ重いモンさたがぐなんて……きっと九州水{みず}女の差し金だね☠ なんにも悪うないわたすにこんただ仕打ちさするなんて、やっぱりウンディーネって、最低だべ!」
事実、そのとおり。ただし、そもそもの原因の一端が自分自身にあるとは夢にも考えないところが、やはり泰子らしいとも言えそうだ。
とにかくこのまま、まっすぐに前へと進めば、さらなる陰険な仕打ちが待ち構えているとも知らず、泰子は早く重荷から解放されたい一心で先を急いだ。
ああ、泰子の運命やいかに。
「泰子ぉーーっ! 沙織が呼んでるっぺぇーーっ!」
そのとき天の助けか。本当に文字どおり空中からの助け。浩子が飛んで、泰子を追ってきた。
浩子はけっきょく、着られる制服が無かったまま。いつものハーピー用の服で、店内を飛び回っていた。
「どしただ? 浩子」
泰子が上を見上げると、浩子は少々、息を切らしているようだった。
「沙織が急ぎの用事って言ってるしょ☀ ほいで早く来てほしいそうっぺ✈」
「だども、わたす今、仕事中なんだぁ☆」
「あに言ってねえで、早く早くぅ!」
思わずためらい気味となった泰子の制服の襟を、浩子が両足の鋭いかぎ爪で、ガシッとつまんだ。それからそのまま強引に、泰子を通路の脇道へと引きずり込む。そのため、かかえていたお皿の山がガチャガチャと揺れて、さすがの泰子も慌ててしまう。
「ちょっと、ちょっとぉーーっ! 浩子ぉーーっ! わたす、お皿さたがんでぇだべぇ!」
「お皿なんて、そばに置いとくっしょぉ!」
「ほ、ほんとに、ええだべかぁ?」
浩子の迫力に押され、泰子は仕方なく後ろ髪を引かれる思いで、お皿の山を廊下の隅に放置した。だがこの行ないが、泰子にとってもお皿の山にとっても非常に幸運だった事実には、恐らく永久に気がつかないままとなろう。なぜなら泰子があと三歩先に進んでいたら、由香と裕志が仕掛けた罠の範疇に、完全に入っていたからだ。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |