『剣遊記Y』 第三章 精霊抗争勃発! (15) 酒場の舞台では給仕係の田野浦真岐子{たのうら まきこ}が、得意の歌を熱唱している真っ最中。ラミア{半蛇人}である真岐子は、その歌唱力を高く評価され、今や未来亭の看板歌手にまで成長していた。
また、友美も意外なところから歌上手な才能がわかったので、真岐子に続く次の舞台で歌う順になっていた。
その舞台裏控え室――いわゆる楽屋に、涼子がこつ然と現われた。
「あら? いつもんことやけど、今までいったいどこ行っとったと? 孝治なんかずっと、部屋で寝たきりっちゃよ☁」
孝治の心配もしないで、相変わらず遊び回っているばかりの涼子に、友美は少々立腹していた。ところが涼子ときたら、そげなん知ったことじゃなかっちゃよ☆――と言わんばかりのワクワク顔でいた。
『よかよかよ! それよか嵐ん前触れなんやけぇ♡』
「嵐ん前触れぇ?」
友美はなんだか、眉間にシワが寄る気持ちになった。だけどそれには構わない感じで、涼子が話を勝手に続けた。
『そうっちゃよ♡ 台風の目はあそこにおる、泰子さんなんやけ☞』
「泰子さん?」
友美は涼子から言われるがまま、酒場のほうに瞳を向けた。
『そうそう、やけんこっちば来て☺☻』
それから涼子は、友美を引っ張るようにして(幽体なので、実際は手招きで呼ぶ格好)、楽屋の入り口まで呼び寄せた。さらに涼子が、楽屋の扉から右手で指差した先――そこからは酒場の様子がよく見えるのだが――新人給仕係である泰子が、飲み客を相手にお酒を振る舞っていた。
(泰子さんっち……東京でもあげな仕事しよったんやろっか?)
泰子の新人にしては手慣れた接客応対ぶりを拝見して、友美はシルフの東の帝都での生活スタイルを、なんとなくだが推測した。
「で、あん人、台風の目っちゅうたらそうなんやけどぉ……実際シルフなんやけ✍ やけん、それがどうかしたと?」
友美が疑問をささやくと、涼子は右手人差し指を自分の顔の前で立て、ちっちっちっと左右に振った。
『由香ちゃんの逆襲作戦ばい! 彼女、裕志くんとか他の給仕係のみんなば仲間にして、泰子さんに恥ばかかせようっちしよんやけ✌』
友美は後頭部に、ガツンとなにかの衝撃を受けたような気になった。
「そげんこつしてよかっちゃね! なんか丸っきり、陰湿な後輩いじめそのまんまやない!」
『友美ちゃんがビックリしたかて、これはもう誰にも止められんけね✄』
「涼子はおもしろがって見ようだけやろ♨」
『まあまあ、それはよかけ☻ しっ! 始まるみたいっちゃよ☛』
涼子は今度は口元に、やはり右手人差し指を立てて、友美の口を黙らせた。それからすぐ、厨房のほうから呼び声が聞こえた。
「泰子さぁーーん! 三番テーブルにビールばよーけ持ってってくれんねぇーー♪」
「今ん声って彩乃ちゃんばい☜ それにしても今ん呼び方、すっごうわざとらしかったっちゃねぇ☢」
友美の予感どおり、ヴァンパイア{吸血鬼}の七条彩乃{しちじょう あやの}も、由香に味方をしたようだ。
「はぁーーい!」
恐らくはなにも知らないであろう泰子が、酒場から厨房へ戻っていく。
『さあ、お手並み拝見ってとこっちゃね♡』
この世のすべての責任から解放され、完全に傍観者を決め込んでいる涼子が、期待に大きく胸をふくらませていた。それを友美は横目になって、自分にそっくりな幽霊娘の胸の大きさを眺めていた。
(やけどぉ……やっぱ孝治のがいっちゃん大きかっちゃよねぇ〜〜☁)
実は自分自身もくやしいとは思っているのだが、一応その問題は棚上げ。友美は複雑な気持ちのまま、事態の展開を見つめ続けた。
陰険な精霊抗争を止める手立てが、どうしても思いつかないばかりに。
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