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『剣遊記Y』

第三章 精霊抗争勃発!

     (13)

 泰子が澄まし顔で酒場へ行ったあと、由香が孝治のけっこう大きな胸に鼻を突っ込む形で突っ伏し、大声を上げて泣きだした。

 

「あーーん! どげんもこげんもでたんぐらぐらこくっちゃあーーっ! 絶対仕返ししてやるけんねぇーーっ!」

 

 孝治はそんな由香の背中を、優しくいたわってあげた。右手での撫で撫でによって。

 

「うんうん、わかった、わかったけぇ……

 

 次に出すべきセリフは、『やけん早よう服ば着てくれんね☢』であった。ついでに泰子も――と。

 

とにかく急いで忠告を言いたい気持ちでいっぱい。今さら遅い状況ではあるが、水から人体に戻った由香が裸でいるように、同じく風から人体に戻った泰子も――つまりが全裸なのだ。

 

恐らく泰子は勝ち誇りすぎて、気体から元の姿に還ったとき、服を着るのを完ぺきに失念しているようなのだ。おまけに由香の大泣きが続いて、孝治もそれを教える機会が、なかなかつかめないままでいた。そんなものだからやがて、最も恐れていた予測が的中した。

 

「きゃあーーっ!」

 

「ちょっと泰子さぁーーん! なして素っ裸でお店に出てくるとぉーーっ!」

 

 店内でシルフ娘が、裸でお客様の前に登場。大騒動が始まったようだ。

 

「あいーーっ! わたすなんで裸なんだべぇーーっ! こいはしょしーだぁ!」

 

 すぐに当の泰子が両手で大事な二ヶ所を隠し、大慌てで厨房へと走り込み、そのまま更衣室に突入した。

 

「うわっちぃーーっ! やけん言うたろうもぉーーっ!」

 

 この騒動を収める手段など、今の孝治は持ち合わせてなどいなかった。そこへまた、タイミングの悪い展開。

 

「わわっ! 由香ぁっ! それに孝治もなんしよんねぇ!」

 

 由香の彼氏である裕志までが現場に参上。大騒動にさらなる拍車がかかってしまった。

 

 さらに、これまたおまけ。

 

「うわっち! なして裕志が来るとや……うわっち! うわっち! 荒生田先輩!」

 

 これぞ世にある最悪の決定版。裕志のうしろにはよりにもよって、ニヤけたサングラスの伊達男が控えていた。

 

「ゆおーーっし! 孝治もなかなかやるっちゃねぇ♡」

 

 当然の成り行きながら、荒生田の頭の中は、完全に独断と都合の良い解釈が支配しているに違いない。サングラス😎の奥の三白眼が、異様な光を放っていた。なぜなら裕志と荒生田。このふたりの目に写っている光景は、裸の由香が孝治に抱きついている姿である。

 

「ちゃ、ちゃうと! これはちょっとした手違いやって!」

 

 孝治は必死の思いで弁解した。しかし、これはどのように好意的に見て解釈をしても、誤解をされないほうがどうかしている状況なのだ。弁解ついでに頭も思いっきり横に振りまくるのだが、もう遅かった。

 

「孝治っ! いくら自分が今んとこ女ん子やからっちゅうても、ぼくと由香の仲ばよう知っとろうも!」

 

 裕志が流れ出る鼻血を一生懸命にちり紙で抑えながら、自分の黒衣を裸でいる由香にかぶせ、孝治から強引に引き離す。さらにまたここで、荒生田がよけいなひと言。

 

「なるほどぉ☻ 孝治もついに同性愛に目覚めたっちゃねぇ♡」

 

 まさに無責任きわまる戯言{ざれごと}。事態のややこしさが、ますます悪化の一途をたどっていく。

 

「ゆおーーっし! しかし孝治は以前は男やったけなぁ、こげな場合は同性とは言わず、健全な男女関係っち言えるかもしれんばい……う〜む、やっぱむずかしかぁ〜〜♪ ここで結論っちゃね。ゆおーーっし! やっぱ孝治はオレと関係ばしたほうが賢明ったいねぇ!」

 

「小むずかしい顔して、デタラメぬかすんやなかぁーーっ!」

 

 ついに頭にきた孝治。荒生田の脳天に、怒りのハリセンをパコォーーンっと叩きつけてやった。

 

 このあまりともいえる話の展開に、しばし声も出せないでいた孝治の連れのふたり。しかし、この騒動を端から眺めていた友美と涼子も(ふたりとも実は、ずっと孝治のうしろにいた)、もはやお互い呆れ顔でささやき合うだけだった。

 

『ここまで収集がつかんようになったら、もうあれば言うしかなかっちゃね☠』

 

「あれって?」

 

『“ダメだこりゃ”ってね☠』


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