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『剣遊記Y』

第三章 精霊抗争勃発!

     (11)

「おんなし精霊っちゅうても、水と風の仲がようないっちゅう話は有名やろ☠ 彼女たち、うまく行っとんやろっか?」

 

 涼子の話を聞いて、一応心配――というより興味しんしんで、孝治と友美は厨房を覗きに来た。ところがいきなり、孝治の右小脇を、桂と浩子が駆け抜けた。

 

「あん! どいてぇ!」

 

「うわっち!」

 

 浩子などは羽根を大きく広げているので、孝治は翼チョップをまともに顔面で喰らう破目となった――と、次の瞬間、顔面真正面からバッシャアアアアアアアッッと、突然水までもぶっかけられた。

 

「うわっちぃぃぃぃ! なんねぇこれぇーーっ!」

 

 衝撃ですべって転んだ孝治の瞳の前では、青い給仕係の制服だけが、なぜか空中浮遊の舞い踊りを演じていた。

 

「うわっちぃーーっ! ななななんねこれぇーーっ!」

 

 これではなにがなんだか、まるでわからない状態。厨房内にまるで、小型の竜巻が発生しているような感じさえした。

 

「あれってなんかの魔術ねぇ!」

 

「あれは魔術やなか! シルフが風の姿になっとうだけっちゃよ!」

 

 驚く孝治に、友美が左の耳まで寄って、状況を説明してくれた。確かにそのとおり、孝治の見ている前で給仕係の制服が、ポトポトと床に落ちていく。さらに風が凝縮――と言うべきなのか。うっすらと実体化。空気中から昼礼の席で初めて拝見をした、泰子の姿と顔がにじみ出た。

 

 それから全身があらわになると同時に、泰子がずぶ濡れとなっている孝治に気づいてくれた。

 

「あいー、さえたこってなぁ! どんたらおめまで巻き込んじまっだなぁ☂」

 

 口では一応、丁寧に謝っているつもりらしい。その実、ちっとも悪いと思っていないであろう本心が、あからさまにその表情から丸見え。そんな泰子が偉そうな素振りで、床に尻餅を付けたままでいる孝治を見下ろしていた。

 

 このような態度であるからして、陳謝の気持ちなど、まるで感じられなかった。それどころか、もっと重大なる問題が控えていた。

 

 孝治もそのために、怒る気持ちがまったく湧いてこないほどの重大事が。

 

「うわっち! うわっち! ちょ、ちょ、ちょっと、おまえ!」

 

 孝治は立ち上がることもできずに慌てふためいた。あとで気がつけば、どうやら鼻血も垂れていたらしい。しかし性格のきつそうなシルフこと泰子は、まるっきり平然としたもの。孝治の言葉に、まるで耳を貸さずの態度で、逆に言い放ってくれた。

 

「でもぉ、こいの騒ぎの責任さはみな、そごさ散らばっどう水女にあるんだがらぁ☛ 文句があるだば、そごさわらしっ子に言うでよね☠」

 

「うわっち?」

 

 泰子のセリフで、孝治は周囲を見回した。すると床一面に広がっている水たまりが、じゃぶじゃぶと生き物のようにうねっている真っ最中だった。

 

「この水……由香やったんけ?」

 

 呆然とつぶやいた孝治に、『正解、よくできました♡』とばかり。水が水滴となって空中の一ヶ所に集結。人型の水の彫像となり、すぐに色彩(肌色)が浮かんで、由香の姿に戻っていった。


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