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『剣遊記Y』

第三章 精霊抗争勃発!

     (10)

「この制服って、あたしの体に合ってないっしょ✄ とってもおいねぇよぉ☹」

 

 浩子が不満を露骨に現わす態度も、これはこれで仕方のない話だった。

 

 厨房奥の更衣室で、由香と皿倉桂{さらくら けい}から給仕係の制服(もっとも一般的な青色系)を支給された浩子であった。しかしその制服がどうしても、ハーピーの体形に合わないのだ。

 

「どげんしたらよかかしらねぇ……あなただけ制服ば着らんでええわけにはいかんけねぇ☁」

 

 由香が困りきった顔をして、ふっとため息を吐いた。今のところ良い解決法が、どうしても見つからないせいもあって。

 

「ほうじゃけんいっそんこと、お古の制服で作り直したらおしな?」

 

 ここで桂が、一応建設的ともいえる提案を唱えてくれた。だけどそれでも、浩子は不満たらたら。

 

「お古ぅ? そらおいねぇよぉ☠ あたし、新しいのがいいっぺよぉ☀」

 

「そげん言うとやけど、浩子さん☞ あたしたち、あなたがハーピーやっちゅうこと、前もってくわしゅう教えてもらえんやったんやけね☢ やけんいきなりあなたに合った制服ば求められたって、困るっちゃよねぇ〜〜☠」

 

「そら、おめたちの怠慢べぇ☠」

 

 つい浩子に向けて口をとがらせた由香に向かって、同じ更衣室内で着替えをしていた泰子が、突然文句を言い立てた。

 

 泰子は長身ながら、一応体格に合った制服があって、それを着用していた。だが自分自身の制服よりも、友人(浩子)の支給がもたついている状況のほうが、ずっと腹に据えかねている様子だった。

 

「でーてー、世の中に人さの種族は多いんだばぁ、それに合わせて服さそろえるんは常識ってもんでねえの? 浩子に合った制服さねえのは、少数派に対する差別って言われでも、仕方ねえでねえの☞☞」

 

「そ、そんなぁ……あたしたち、そんなつもりはがいにないわよぉ……♋」

 

 この一方的な言われように、由香よりも桂のほうが、しゅんとうな垂れた。だが由香は桂とは違って、やはり気丈な性格。すぐさま反撃で、泰子の前にずんと歩み出た。

 

「なんねぇ、あんた♨ いくら店長の従妹の友達やからっち、ずいぶん傲慢やなか!」

 

「なに言葉さあらげんだぁ! わたすは思っだどおりのことさ、言ってるだけだべぇ♨ 善意の忠告は聞くもんだぁ♨」

 

 由香と泰子の視線と視線がぶつかり合い、空中に火花が弾け飛ぶ。厨房内には早くも、不穏な空気が漂い始めた。

 

「ちょ、ちょっとこれって……すっごく雰囲気険悪ぞなぁ……♋」

 

 この空気に恐れを成した桂が、自分の右横にいる浩子に、そっとささやいた。無論浩子も、すでに体が震えている状態下にあった。

 

「……あ、あたし、知ってるべよ☠ 泰子ちゃん怒ったら最悪べ☠ ずんねぇ台風起こして、なんでもぼっこしてしまうっしょ☂」

 

「ええっ! 台風っ!?」

 

 浩子の警告に過剰な反応を示した者は、桂よりもむしろ、由香のほうだった。給仕係のリーダーはすぐ、真正面で立つ泰子に向かって、きつめの口調で問いかけた。

 

「台風……いえ、風ば起こせるって……もしかしてあなた、シルフなんけ?」

 

 これに泰子が、鼻で笑うような態度で応じ返した。

 

「あんだぁ、浩子とおんなじで、わたすんことも知らんかったみたいだでなぁ☻ でけんどぉ、わたすはあんたんことさ、とっくに沙織から聞いとったがらねぇ♐ 給仕係の一枝由香さんはウンディーネだがらぁ、ケンカさしねえでちゃっちゃど仲良うするようにってさぁ✌✍ だがらぁ、浩子の制服さ用意しでながったことさ謝ればぁ、がりっと仲良うするっすからぁ✄」

 

「ご冗談でしょ! なして誰がシルフなんかと仲良うせんといけんとねぇ! それにあんた、秋田弁だかなんか知らんとやけど、なん言いよんのか、ちゃっちゃくちゃらわからんのやけ!」

 

「どんた言ってるかわからんのは、お互い様だべぇ! ほんとにおもしぇこと言ってからぁ!」

 

 風と聞いただけで一気に沸点が上昇したウンディーネ――由香を、シルフ――泰子が氷点下の目線でにらみつける。当然、彼女たちの間に飛び散る火花が、その激しさの度合いを、さらに増していく。

 

「やばっ! あたしたち逃げたほうがいいぞなぁ!」

 

「おいさぁ!」

 

 惨劇への巻き込まれは真っ平御免と、桂と浩子が大慌てで、更衣室から飛び出した。

 

 すぐに彼女たちが逃走をしたそのあとから、更衣室のロッカーが倒され窓ガラスの割れる騒音が轟いた。


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