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『剣遊記Y』

第三章 精霊抗争勃発!

     (1)

 孝治の受けた反応は、涼子が予測を申し立てたとおり、とても小さなものだった。

 

「へぇ〜〜、店長の従妹が来るんけぇ〜♠」

 

「ねえ、もっと驚いてくれんと?」

 

 これでは、せっかくの情報を教えた友美も、まるで張り合いがない感じ。見事な肩透かしを喰らったようなものであろう。

 

 ここは未来亭の三階。孝治専用の、間借りをして住んでいる部屋の中。だけど今のところ在室中の人員は、部屋の借り主である孝治と、隣りの住人友美だけ。気まぐれ幽霊の涼子は、現在近所を散歩中でいた。

 

 孝治に店長従妹登場の件を教えるにあたって、友美は涼子から、先を越されたと思っていたという。しかしそれが、まだ言っていなかったと知り、友美は早速、孝治をビックリさせようとして報告を行なった――のだが、結果は実に呆気なかった。

 

「別に意外っちゅうほどでもなかっちゃね☞ 店長かて人の子なんやけ、一族のひとつやふたつ、三つや四つくらいあろうも✌」

 

「一族ってふつう、そげんあるもんやろっか?」

 

 友美の瞳には、何個もの『?』が浮かんでいた。

 

 確かに店長に従妹がいたと言う話は、孝治にとっても初耳だった。しかし、今はとにかく孝治としては、伝説の剣豪こと板堰守と出会えたうえに、きょう現在同じ屋根の下に暮らしている実感のほうが、遥かに興奮と感動を招くのだ。

 

 それを見越してなのだろう。涼子は孝治をビックリさせる権利(?)を、あっさりと放棄。友美に譲ったわけなのだが、剣豪の出現までは伝えていなかった。

 

 けっこう意地の悪い幽霊である。まあけっきょく、孝治と同類という話か。

 

 それはともかく昨夜の晩、孝治と涼子は秀正、正男、裕志たちとともに、珍しい客を未来亭に招待した。それから早速、給仕長の熊手に頼んで、緊急に部屋を用意させてもらった。

 

 これとちょうど同じ時刻に、黒崎と勝美と到津を見送りに行っていた友美が帰ってきたわけ。ただし友美は最初、給仕係の女の子たちがいったいなにを騒いでいるのか、まったくわからなかった。そこでこっそりと、給仕係の香月登志子{かつき としこ}に尋ねてみた。

 

「いったい、なんがありようと?」

 

 登志子もやけに興奮していた。

 

「友美ちゃん、知らんとね? 有名な剣豪の板堰守先生がご来店されたっちゃよぉ! わたし、あとでサインばしてもらおっと♡」

 

「けんごう?」

 

 孝治は高度な魔術に疎かった。それと同じように、友美は友美で戦士業界について、くわしい話を知らないのだ。

 

 これはお互い、両者の事情をあまり教え合わないからいけない話。それはとにかく、友美はこのあと、孝治と涼子を一生懸命に捜し回った。そのあげく、ようやくふたりが騒ぎの中心にいることを知った。それから次の日になって、店長の従妹の話を孝治に伝えたのだが、結果はなんだか、つまらないものだったわけ。

 

 友美は知らないが、きのうの孝治と涼子の会話どおりに。

 

「で、けっきょくそんときは言いそびれて、そのまんま朝になったとやけどぉ……なんだか孝治ば待っちょったわたしが馬鹿みたいっちゃねぇ☹」

 

「まあ、そげんふくれんと☻」

 

 きのうの涼子のように、ほっぺたをふくらませる友美。そんなパートナーを見てくすっと吹き出しながら、孝治は友美の頭を、そっと右手で優しく撫でてやった。

 

(涼子といい、友美といい、おれの身近の女ん子はみんな、フグみたいにようふくれるっちゃねぇ〜〜☺ 女ん子っち、みんなこげなんやろっか?)

 

 今考えた本心は、絶対に口にも顔にも出さんほうがええと、孝治は固く心の中で決めておいた。ちなみに自分自身、現在女の子である事実も、この際棚に上げておこう。

 

「で、店長の従妹っちゅうのは、いつ未来亭に来るとや?」

 

「あっ! それたいそれ☞☞」

 

 一番肝心な話を孝治から尋ねてくれたので、友美が機嫌を簡単に回復させた。このように、いつまでもウジウジとわだかまりを引きずらないところが、孝治と友美の共通した長所といえるのかも。これを良く言えば、『何事にも前向き✌』。悪く言えば『単純』のひと言になるのだろうか。すぐに友美が目線を変え、三階の窓から空の一点(東の方向)を右手で指差した。

 

「きょう中に着くっち店長が言いよったけ、そろそろやないと……あ、来た♐♐」


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