『剣遊記番外編U』 第三章 さらわれた魔剣、囚われの戦士。 (9) 仮にも戦士でありながら、不用心にも足音をひけらかして平気な連中と言えば――あいつらしかいなかった。
「よっ♡ 頑張りようや☠ 面会に来てやったけのー☠」
麻司岩が空々しい口振りで、檻の中にいる板堰を一瞥した。
「けっ! なんじゃ、その汚ねえ灰色のマントはよぉ☠」
「…………」
板堰は元先輩の罵声に、無視と無反応で応じてやった。すると茶色の革鎧を着ている元先輩戦士が、胸クソの悪そうな顔になって、檻の中にペッとツバを吐いた。
「へへっ♥ 残念やったのぉ♥ せっかく伝説の剣が手に入ったってのによう☠」
左隣りに並んで立つ脛駆の口振りも、やはり悪意に満ちたモノでいた。こいつらふたりの他に、もうひとり。魔術師もいるはずだが、ここには来ていないようだった。
無論、現在の板堰にはもうひとりの男の有無など、今さらどうでもよかった。とにかくこんな事態になっても質問をしたい心配事は、ただひとつ。無視と無反応を撤回して、板堰はふたり(麻司岩と脛駆)に訊いてみた。
「千恵利は……じゃのうて、魔剣チェリーはどげーしたんじゃ?」
「相変わらず、先輩様に対する口の利き方が、でーれーなっとらんのぉ♨」
などと、口ではムシャクシャ気味に返しつつも、相手は檻の中だと思っているようだ。麻司岩の態度は余裕しゃくしゃくでいた。
「おめえらが明日香から盗ってきた剣やったら、今は伊奈不{いなふ}の野郎が預かっとうけ、安心しや☆ どうやらやっこさんのほうが、魔剣に執着しとうようじゃからのぉ☻」
伊奈不というのが、魔術師の名前らしい。もっとも名前など覚える気もしないが、その魔術師が魔剣に興味を抱いていると言うことが、板堰はとても気に懸かった。
「くそったれがぁ! チェリーをどげーする気じゃあ!」
板堰の怒りなど、無視のお返し。魔術師の仲間である元先輩戦士ふたりは、かっての後輩を陥れた成功のほうが、よほどうれしい感じでいるようである。その余裕のためか、訊いてもいない真実まで、板堰に親切丁寧に教えてくれた。
「あいつがなん考えとうかはオレたちゃ知らんが、大阪の衛兵隊を抱き込んで、おめえらを捕まえさせんのは簡単やったのぉ♥ なにしろ明日香での剣の強奪犯やと触れ込むだけでええんやからなぁ♥ すぐに市内を総動員して、おめえらを見つけてくれたっちゅうことよ♥」
「なるほどでんなぁ〜〜☻」
脛駆の状況説明に応じた者は二島であった。
「恐らくは、出てもいてへん被害届けをでっち上げたんも、あなた方やったんですな☛ 村では一応、剣を抜いたモンに剣を譲るという建前がありましたさかい、非合法な手段でほんまに盗まれん限り、そのような届けを出せるわけがあらしまへん☠ 村の名誉に関わりますさかいに☭ そやから、ここに収監されはる前にここの衛兵隊長からその届けとやらを見せられはったとき、私にはすぐにピンときましたで♡」
「う、うるへえ! やっちもねー(岡山弁で『くだらん』)こと言うんじゃねえ!」
ここでなぜか、麻司岩が吼え立てた。ついでに見れば、脛駆とそろえてふたりの顔が、瞬く間に紅潮化。ふたりの顔には、『まずっ! しゃべり過ぎたわい☠』の文字が、色濃くにじみ出ていた。
「お、おめえらがでーれーあがこうと、おめえらは二度とこっから出れんのじゃけんのー! 被害届けには他にもいろいろ、有ること無いこと書いとったけー☻ そん間に、オレたちゃ大阪の街からバイバイじゃけえ!」
あせるあまりか、麻司岩の口からボロが次々とこぼれるところが、むしろ滑稽でさえあった。
「ほんじゃあ、あばよーじゃ♡ おとなしゅうお務めを果たすんじゃなぁ☠」
けっきょく脛駆の捨てゼリフをお終いにして、ふたりの元先輩が足早に留置場から退散した。さすがに自分たちがおしゃべりであるということを、きっちりと自覚したようである。 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |