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『剣遊記番外編U』

第三章 さらわれた魔剣、囚われの戦士。

     (10)

「どうやら我々は、見事に嵌められたようでんなぁ☁」

 

 麻司岩と脛駆の醜い後ろ姿を檻の中から見送ったあと、二島がポツリとささやいた。しかし板堰のほうの不安は、今は別の方面にあった。

 

「わしゃあ……千恵利んことが気になってしょうがねえのぉ☠ あの魔術師が千恵利をでーれー大事に扱うとは、とーてー思えんけのー☂」

 

「それはおっしゃられるとおりでんなぁ☁」

 

 これにはふだんは明るい吟遊詩人も、同感せざるをえないようだ。だけど、今現在囚われ中であるふたりには、なせる術などなし。そんな大の男ふたりが、雁首そろえて檻の中で、深いため息を吐いたときだった。

 

「なっさけあらへんなぁ〜〜☠ おじさんはとにかくとしてやねぇ、守君は戦士なんやろ♠ そやさかい自分を嵌めた悪漢どもを、ギャフンって言わせてやろうって思わんのかいな☀」

 

「そ、そん声! 千恵利けー!」

 

「こりゃ確かに千恵利はんでんな♡」

 

 いきなり――さらに、聞き間違えようのない高めの声音に、板堰と二島のふたりは、そろって檻の中で周囲をキョロキョロと見回した。

 

「どこじゃ! どこにおるんじゃ、千恵利ぃ!」

 

「毎度のことながら、不思議な娘はんでんなぁ♧」

 

「あたしやったら、ここやで♡」

 

「えっ?」

 

 千恵利の声は、ふたりの頭上から聞こえていた。しかも見上げてみれば、そこは留置場の壁の高い所にある、鉄格子の窓だった。そこから初対面のときからまったく変わらない白いTシャツ姿の千恵利が、まるでおもしろい見世物でも見ているような笑顔で、鉄の柵を通して留置場内にいる板堰と二島を見下ろしていた。

 

 これには当然ながら、板堰の頭に大きな疑問が湧いた。

 

「お、おまえは、あの魔術師に捕まっとったんやないんけー? いったいどげーして逃げ出したんじゃ?」

 

 この問いに千恵利が、くすっと微笑んでくれた。笑顔の上から、さらに付け加えるような感じで。

 

「そんなん簡単やったで♡ あんな魔術師ちょろいもんや♡ あたし、ずっとただの剣の振りしとったさかい、見張りもせんと宿屋の部屋にほったらかしにして魔術師はん、外出してもうたんや♡ まさか剣が人に変わるなんて夢にも思わへんやろうから、その隙に逃げ出すんなんて、ほんまちょちょいのちょいやったで♡」

 

「そう言うたらあの魔術師……伊奈不とか聞きましたが、千恵利はんが人から剣……またはその反対の場面にお目にかかったことは、まだありまへんでしたなぁ……あとのおふたりもご同様と思われまするが⛑」

 

 二島がしみじみとつぶやいた。実際、魔剣が千恵利に変化をする現場に立ち会った者は、今の段階では板堰、二島の両名と、明日香の洞窟にいたミノタウロスの役人だけのはずである。しかもミノタウロスは、逃げられた事態を村の恥とでも考えているらしい。剣を盗られたとは言っても、剣が人になったとは、あのときひと言も漏らしていなかったのだ。

 

「それよりやねぇ、もうそんなことどうでもええやない♡ それよりあたし、今からそこに入るわね♡」

 

「へっ?」

 

 いきなり無茶な行動を言い出した千恵利に、板堰は驚きの目を向けた。ところが千恵利は、檻の中の面々の困惑など、一切構わず。鉄格子の窓に、自分の身を寄せていた。

 

 どうやら千恵利は、外にちょうどあった木に登り、二階の窓からのご対面をしゃれ込んでいたらしかった。

 

「千恵利はんはいったい、どないな風になされるおつもりなのでしょうかねぇ?」

 

「わしにもわからんけのぉ……⛐」

 

 二島から尋ねられたところで、板堰に答えられるはずもなかった。


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