前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記番外編U』

第三章 さらわれた魔剣、囚われの戦士。

     (5)

 コーヒーを飲み終え、ひと息吐いたところだった。二島が先に席から立ち上がった。

 

「さて、あなた様も念願の剣を手に入れられたことですし、私たちはこれにてお別れすることにいたしましょう⛴」

 

 吟遊詩人がいきなり宣言して、背中に愛用の竪琴を背負い直し、板堰と魔神の娘――千恵利にペコリと一礼した。

 

「なんじゃ、急に?」

 

「なんやねんな? 急にそないなこと言うてぇ♋」

 

 二島の一連のセリフは、板堰と千恵利にとって、まさに寝耳に水だった。

 

 確かにエルフの言うとおり、三人はいつまでもいっしょにいるわけでもなし。そろそろ別々の旅立ちが近い雰囲気も、板堰は承知していた。

 

 だからと言って、いきなり心の準備もなしに、『はい、さよなら、さよなら、さよなら』と言われたら、やはりとまどいが先に立つと言うものである。

 

「わしら、もうちーと同行してもええんじゃないんかのぉ☺ あんたにはぎょーさん借りができとうし、それを返さねえことには、なんとも寝ざめがすわろーしー(岡山弁で『良くない』)って言うか……そのぉ……☁」

 

 自分でも意外に女々しいと感じるほどの思いで、板堰は二島を引き止めようとした。しかしエルフの吟遊詩人は、これに頭を横に振るだけだった。

 

「いえ、あなた様がこの私に借りをお返ししたいとおっしゃられるのであれば、これからあなた様が諸国で活躍されるお話を、この私の歌にさせていただければ、それが充分なる恩返しでございまするよ☀ 魔剣を駆使して戦う戦士の伝説♬ これを歌うことができる者は、この私♡ まさに吟遊詩人の冥利に尽きるというもんでんなぁ♡♪」

 

「ほんま! それってええかもしれんで♡」

 

 千恵利が二島の自己陶酔的なセリフに、瞳をキラキラと輝かせた。

 

「ねえ! あたしたちの活躍! これからこのおじさんがあちこちで歌ってくれるんやて♡ これってドえろう凄いことやあらへん♡」

 

「ちーと待ちや……わしゃあそげーな風にでーれー持ち上げられんのは、あんまし好きやないんじゃがのぉ……♠」

 

 千恵利はすっかり乗り気のご様子。彼女の瞳は、さらにランランと輝いていた。しかし板堰は、眉間にややシワを寄せ、はしゃぐ魔神娘を諫める態度にでた。それでも板堰のほうとて、完全にNOを告げる気も、あまり持ち合わせてはいなかった。

 

「まあ、歌を創るんは吟遊詩人の仕事じゃけん、わしゃあやめろっちゅう気はなかけんけ♐」

 

「ほんまおおきに、ありがとうございまんがな♡」

 

 二島が二度目の一礼を行なった。これも千恵利と二島が言うところの、板堰の丸くなったらしい性格が、ここでも顔を覗かせた結果であろうか。

 

 それから板堰が立ったままで、再度板堰に問いかけた。

 

「とりあえず私はこのあと、九州に向かいまんがな✈ そこには古くからの私の友人がおりますさかいに⛹ さて、私のほうはさて置き、板堰殿はこれからどちらへ向かわれますかな?」

 

「わしけ? わしゃあ……そうじゃのぉ……⛵」

 

 板堰は腕を組んで考えた。

 

「特に決めとらんけのー⛷ まあ、千恵利とふたりで、気ままにブラブラ放浪でもするかのぉ⛐」

 

「きゃっ、うれぴーー♡ まもる君、あたしを好きになってくれたんやぁ♡」

 

 たまらずに千恵利が、板堰に飛びついた。これでは道場破りで名高い戦士も形無し。

 

「お、おい! わしゃあただのぉ……⚤」

 

「ただ? なんなのでっか? ……おや?」

 

 このとき、初めは冷やかし半分だったであろう二島の問いに、板堰は答えることができなかった。

 

 二島が真面目な顔になってつぶやき、板堰はそれに応えた。

 

「囲まれてまんな……☢」

 

「ああ、油断したようじゃのぉ……☠」


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system