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『剣遊記番外編U』

第三章 さらわれた魔剣、囚われの戦士。

     (2)

 この間、鞘の柄{がら}にこだわる気のない板堰は、なんぼーにもええじゃろ――の気持ちで、店主と千恵利のやり取りを、店にあった丸椅子に座って眺めていた。そこへ二島が、なにやら灰色の大きな布を持って現われた。

 

「少々よろしいでっか? 板堰殿☞」

 

 板堰は面倒臭い気分で振り向いた。

 

「なんじゃ?」

 

 もちろん板堰の気分の浮き沈みなど、エルフには関係なし。二島は両手で持っている布を、板堰に見せびらかすようにして言った。

 

「実はこの私、あなた様と最初にお会いしたときから気になってはったんですが☻」

 

 この言葉に板堰は、むしろ興味を感じる気になった。

 

「気になることじゃと?」

 

「そうでんがな☞」

 

 そうは言われても板堰自身には、まったく心当たりはなかった。二島はそんな、やや困惑気分となった板堰の前で灰色の布をバサッと、大きく広げてみせた。

 

「これがなんじゃ?」

 

 板堰はさらに興味を惹かれた感じで、布に目をやった。一見、なんの変哲もないふつうの布のようだが、これが武具屋にあるからには、やはりなにかしらの意味が存在するのであろう。

 

 板堰の興味は、戦士としての習性そのものといえた。

 

これに二島が、さも満足そうな顔で説明を始めてくれた。板堰は長話の再来を覚悟した。

 

「これは御覧のとおりのマントでんがな♡」

 

「まんと?」

 

 板堰は眉間にシワの寄る気持ちとなった。すぐに二島の話が再開された。

 

「然様で☺ あなた様御自身を振り返って御覧くださいませ☛ あなた様の両肩には、亀甲製の肩当てがございますよね✍」

 

「ああ、そうじゃが♦」

 

(このエルフは、いったいなんが言いたいんかのぉ? まあ、長話じゃのうて良かったんじゃが……♥)

 

 などといくら頭を右にひねったところで、板堰には二島の真意はわからなかった。

 

 確かに自分は必要最小限の装備として、革の鎧と共に、両方の肩に亀の甲羅(クサガメ?)で造った肩当てを装着していた。しかしこれぐらいは今さら強調するまでもなく、すべての戦士にとって、装備が当たり前な必需品なのだ。

 

「これがどうけしたんけー?」

 

 改めて板堰は、二島に問い直した。同時に脳内でも叫んでいた。

 

(しもうたぁーーっ! こいつに質問したら、ほんまに話が長ごうなってしまうんじゃーーっ! ちーとばかし安心しとうたのにぃ☠)

 

 それでもまさか、こげーな場所(一般の店舗の中)で、得意の長広舌をおっ始める気じゃなかろうかのぉ――板堰の脳裏に、今度は警戒心とウンザリ感が混合したような気分がめばえ始めた。

 

だが幸いにして、これは杞憂といえた。吟遊詩人の説明は、極めて簡素な内容だった。

 

「いえ、この私が申したいのは、あなた様の体の保温対策が不完全っちゅうことでございまんがな♧ 特に冬など、いざとなったときに肩が冷えて体が固まっておれば、それこそ剣で戦う者としての命取りってなことになりまっせ そやさかい老婆心ながら、あなた様にマントの着用をお勧めいたしたいのですが、いかがなものでございましょうや♪」

 

「なるほどぉ……マントけぇ……☯」

 

 板堰は二島の深い博識に、この場で再び舌を巻いた。

 

 これは板堰自身が以前からたびたび感じていた憂いであったのだが、確かに冬の寒い時季は、剣の腕がかなりにぶるような気がしていた。

 

 肩当てだけじゃ不足じゃろうか――と、気づいてはいたのだが、マントの着用でその悩みが解消できるとまでは、発想するに至っていなかった。これでは我ながら、思慮不足だと言われても仕方がないだろう。

 

「よっしゃ♩ ちーと着てみようかのぉ♪」

 

 戦士としての戦力向上に繋がる話であれば、板堰にためらう理由など、元からあろうはずはなかった。

 

「では、これを♡」

 

「おう✒」

 

 早速二島に背中からマントをかけてもらい、手前にある合わせ鏡に、自分の姿を映してみた。

 

 色などにこだわらない性格を自覚しているから、灰色一色の地味な柄も、特には気にならなかった。それよりも確かに、保温効果は満点のようだ。なによりもまず、自分の体にピッタリと合う。これでいざ戦闘にでもなれば、恐らく得られる利点は大きなものであろう。

 

「こりゃあ気に入ったけー♡ これ買うけんのー♡」

 

 板堰はすぐさま、即行で購入を決めた。ところが二島は、それすらもとっくに見越していた。

 

「お支払いやったら、この私が済ませておきましたで♡ マントの着用をお勧めしたんはこの私なんやから、これくらいは当然でございましょう♡」

 

 そう言って、ひたすら満足そうな顔の二島に、板堰のほうが呆気に取られる気持ちとなった。

 

「あんた……いったい、ほんま何モンなんじゃ?」

 

 不思議な気分で尋ねる板堰に、目の前にいるエルフの吟遊詩人は、さらりと答えるだけだった。

 

「ただの旅の詩人でおます☺ やけど少々物好きな面がございまして、自分自身のこの手で、新しい戦士の伝説を作ってみたいなぁ〜〜と、考えたものでございますからなぁ♡」

 

「わしを伝説の戦士に仕立て上げる気けー? そんなガラじゃなかけんのやがのぉ……♠」

 

 なんだか大袈裟に持ち上げられているような気になって、板堰は自分の歯が本当に浮くかもしれない感じがした。それと同時に、以前とは明らかに違っている、自分自身にも気づいていた。

 

(きのうまでのわしじゃったら、こげーな風にべんちゃらおらぶ野郎なんけ、問答無用でぼっけーぶっ飛ばしとうとこなんじゃがのぉ……☁)


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