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『剣遊記番外編U』

第三章 さらわれた魔剣、囚われの戦士。

     (12)

「な、な、ない! んなアホなぁ! 魔剣が消えたぁーーっ!」

 

 魔術師の伊奈不が、血相を変えてわめいていた。

 

 場所は彼が宿泊をしている宿屋の一室。

 

 ついでながら麻司岩もいっしょになって、部屋の隅から隅までのあらゆる所。天井裏からベッドの下まで。一生懸命に探し回っていた。

 

 だけど、青い顔となっている伊奈不とは対照的。麻司岩のほうは、ややシラけムードのご様子でいた。

 

「おめえもぼっけーだらしねえ野郎じゃのぉ☹ 剣の管理くれえ気ぃつけとけや☠」

 

 すぐに伊奈不が噛みついた。

 

「や、やっかましいわい! べらべら口ばっかし動かさんと、真剣に探さんかい♨」

 

「なんじゃとぉ! 貴様エラそうにしてからのぉ!」

 

 伊奈不と麻司岩の間に、険悪な空気が走った。

 

 これらの状況からわかるとおり、彼らは突然部屋から消えた魔剣チェリーを巡って、上から下への大騒動の真っ最中。元より伊奈不を始め三人とも、魔剣がジニー(千恵利)の化身であり、女の子の姿になって勝手に逃げ出したなど、思いも寄らない話であろう。そこでまずは部屋のどこかに置き忘れたかと考え、結果、大袈裟な家探しの有様となっていた。

 

「おまえら、ドえれーことじゃけー!」

 

 危うく仲間ゲンカになりかけた伊奈不と麻司岩であった。だがそこへタイミングよく、脛駆が部屋に駆け込んできた。

 

「なんじゃ? またなんかあったんかのぉ?」

 

 すぐに麻司岩が相棒に応じた。ところが、いまだシラけ気分の麻司岩とは正反対。脛駆の顔は見事に青ざめていた。

 

「い、板堰の野郎が、衛兵隊の留置場から逃げやがったんじゃあ!」

 

「なんでぇ、そげーなこと……な、なんじゃあ!」

 

「そりゃほんまかぁーーい!」

 

 麻司岩と伊奈不が、そろって天井まで飛び上がった。それほどまでに脛駆からの報せには、強烈なパンチ力があったのだ。

 

 脛駆はふたりの滑稽な姿に今度は苦笑しながら、とにかく早口でまくし立てた。

 

「ああ、街を散歩しとったらのぉ、なんか衛兵連中がぎょーさん騒ぎよったんで、でもってひとり捕まえて訊いてみたら、留置場から板堰のあんごーもん(岡山弁で『馬鹿者』)が脱獄したって言うんじゃ、これが☠ くそぉ! 大阪の衛兵隊も、とんだあんごーもんぞろいじゃで☠ もしかしたら板堰の野郎、どんづまっておれたちに仕返しすんじゃねえだろうなぁ☠」

 

「それや!」

 

 ここでいきなり、伊奈不が大声。麻司岩と脛駆が思いっきり仰天。両者そろって、目をパチクリと開閉させた。

 

「なんじゃい? ひょんなおらび方すんじゃねえ☠」

 

 驚きで目を丸くしている麻司岩には目もくれず、魔術師が一気にまくし立てた。

 

「間違いないわい! きっとそん板堰とやらが魔剣を盗んだんや! いつ盗ったかはわからんのやが、とにかくわいらの隙を突きやがったんやで!」

 

 まさに短絡思考の極み。しかし、あながち見当違いでもなかった(剣が板堰の手に戻った話でもあるから)。だからこれにて、三人の考えが物の見事、ひとつの結論にまで一気に達したわけ。

 

「あんのあんごーもんがぁ〜〜♨」

 

 もともと頭の単純な麻司岩が、歯をむいてうなり始めた。

 

「高が後輩の分際で、尊敬すべき先輩様の物を盗むなんち、もんげー許せん! お仕置きでオレが叩っ殺してやるんじゃあーーっ!」

 

「そんとおりや! なんがなんでも魔剣を取り戻すんやぁーーっ!」

 

 伊奈不までが調子に乗って吼え立てた。

 

 本来ならば彼らのようなコスい連中に、偉そうな戯言{ざれごと}をほざく資格など皆無のはず。しかし傲慢で思い上がり過ぎなうえ、人間の基本である倫理観まで完全に欠落している彼らでもある。従ってこのような話への発展は、ある意味必然的な成り行きの現われなのかもしれない。

 

「伊奈不っ! 今すぐおめえの魔術で奴らの逃げ道を探るんじゃあ! オレたちですぐにあとを追うけんのー!」

 

「言われるまでもないわい!」

 

 先ほどまでのいがみ合いも、今はどこへやら。伊奈不が麻司岩から命ぜられるまま、すぐに自分の手持ちのカバンから、球形の水晶玉を取り出した。その水晶を右手の手の平に乗せ、続いてもごもごと根暗な口調で呪文を唱えた。

 

 今までこの三人が、板堰たちの先手を打つ行動ができた理由は、すべてこの水晶玉のおかげだったのだ。


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