『剣遊記番外編U』 第三章 さらわれた魔剣、囚われの戦士。 (11) 「千恵利ぃ……なんする気かわからんのじゃが、ひょんな真似すんじゃねえけんのー☁」
あまり忠告にはなっていない板堰の忠告に、千恵利がこれまた簡単に応じ返してくれた。
「ほんま、ありがとさん♡ 大丈夫やでぇ♡ こないするからぁ♡」
次の瞬間、千恵利がパッと、自分の姿を元の魔剣に変えた。それからそのまま、まるで意思のある生き物のように(実際に意思があるんだけど☻)、剣がその細長い剣身で、狭い鉄の柵の間をすり抜けた。手も足も無いのに――である。
「…………☁」
「…………☁」
板堰と二島のふたりは、声もなくその光景を見つめるだけ。やがてカランッと軽い音を立て、剣が留置場の床に落下。同時に元の金髪娘の姿へ、パッと還元された。
「いったぁ〜〜い! もう! ボケッと見てへんで、ちゃんと下で受け止めてくれてもええやないかぁ☠」
「あ……あっ! す、すまん! つい見取れとったけー☂」
本当に痛そうな感じで、自分の腰を右手でさすっている千恵利。板堰は本心からすまない気持ちになって、彼女にペコペコと頭を下げた。
「なるほどぉ、剣でいればどんなにせまい隙間からでも、自由に潜入が可能っちゅうことでんな♡」
一方でひとしきり感心をしてから、二島がまた新たなる疑問を口にした。
「ところで、千恵利はんはなにをなされるために、私どもが留置をされてはるこの檻まで来られたんでっか? 仮に助けに来てくれはったにしても、この先どないすればよろしいのやら?」
「そう言うたら、そうやねぇ……でもぉ……☃」
二島の疑問提起にコクリとうなずく千恵利は、やはりどこか変な娘と言えそうだ。もっともそのような些細(?)な問題を、くよくよと悩む彼女でもないようだ。それよりズボンの右ポケットを右手でまさぐり、中から鍵の束のような物を取り出すほうが先決だった。
「なるほど、そのような理由がお有りでしたかぁ♡」
千恵利が持つ鍵の束を見て、二島もようやく納得の顔となった。すると今度は千恵利のほうが、してやったりの笑顔になった。
「あたしがここに来た理由はこれしかあらへんで♡ この檻って中からでも開けられる構造なんやから、あたしが檻に入ってもええやないか♡ これでも一応、来る前にきちんと調べたんやで♡」
「ごもっともでんな♡」
ここはひとまず、吟遊詩人の負け。
それはとにかく、板堰としては鍵に入手手段が気に懸かるところでもあった。
「で、そん鍵、どげーやって手に入れたんじゃ? まさか……とは思うんじゃが……☢」
実際、千恵利の本性は魔神なのだ。そのため鍵を奪取する段階で、なにか良からぬ行為をしでかしていないか。その点が板堰唯一の気掛かりになっていた。
道場破り専門といえど、一応の常識はわきまえているつもりなので。
だけども千恵利が、あっさりと回答。
「大丈夫やで♡ あたしが看守はんを色仕掛けでたぶらかしたら簡単に盗れちゃったんやわぁ♡ あのおじさん、今も監視所でお寝んねの真っ最中しとうで♡」
「そ、そうけー♋」
千恵利の返答で、ほっとしたような。あるいはよけいに心配の材料が増えたような。板堰は複雑怪奇な心境となった。そこへまた、二島が追加のような感じで、千恵利に問い掛けた。
「これは私の推測なんですが☞ 看守をあなたの魔術……もしくは催眠術で眠らせはった……こないなところですかな?」
「ご明答☆」
千恵利がパチパチパチと、大きな拍手👏喝采をしでかした。これもまた、板堰を大いに慌てさせた。
「ば、馬鹿っ! おらぶんじゃないけー! 周りにでーれー聞こえるじゃろうがぁ!」
自分自身の声のほうが大きい事態は、この際脇に置く。ついでに再び両隣りの檻から文句が飛んできた経緯も、話の展開優先でカットする。
それよりも、千恵利が奪い取ってきた鍵で、檻の扉を開けたまでは良かった。ところがいざ脱走の段になると、二島が肝心なときになって、訳のわからない屁理屈をゴネだした。
「たとえ自分の無実を自認しているとはいえ、非合法に留置場を出る行為は、ある意味罪を自分で認めたようなものですなぁ☹ なので私としましては、いかがなものかと思われはるのですが……☕」
しかし板堰の考えで言えば、有罪だろうが無罪だろうが。とにかく他人から束縛されること自体を、最も嫌いとするところだった。また千恵利は恐らく、罪がどうのこうのと言った話そのものの感覚が、当初から備わっていないだろう。
「このおじさん、なに言うてまんのや?」
「そげーなことやったら、勝手にするがええじゃろ☻ やけどここの衛兵隊長はどうやら頭の固そうな御仁じゃったけー、なかなか話を聞いてくれん、と思うんじゃがのぉ☠」
「それはあたしもそう思うわ☛」
けっきょくふたり(板堰と千恵利)で、脅しに脅しまくったあげくであった。
「ほな、私もいっしょ行かせてもらいますわ♥」
簡単で誠意のある説得(?)を聞き入れさせ、留置場からの脱獄を承諾させてやった。 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |