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『剣遊記X』

第四章 山賊との遭遇。

     (8)

「なんねぇ、これ?」

 

 山道の登り坂を進む途中で、孝治は足を停めた。

 

 現在、魚町と静香が務めていた先導役を、孝治は友美といっしょになって交代していた(もち涼子も同じ)。そこで道の前方にある怪しい部分を、孝治は見逃さなかったのだ。

 

「これ……なんち思う?」

 

 すぐに怪しい部分の前でしゃがみ込み、自分の右隣りでやはり立ち止っている友美に訊いてみた。

 

「もろに丸わかりっちゃね

 

 友美もピンときた様子。

 

『すっごい子供騙しばい☛』

 

 訊いてはいないのだが、涼子にもお見通しのようでいた。

 

「孝治、どげんしたとや?」

 

 あとから続いていた魚町が、うしろから声をかけてきた。

 

「先輩、これば見てください♐」

 

 孝治は道端から握り拳大の石ころを右手で拾い上げ、それを道の真ん中にある、不自然な個所に向けて放り投げてみた。地面がむき出しである未舗装の山道で、そこだけに枯れ草と落ち葉が円形となって積もっている地点を狙って。

 

 すると石は地面に当たって跳ね返らず、ズポッと大きな穴を開け、その中へ消えてしまった。

 

 つまり地中に落ちたわけ。

 

「落とし穴け✎」

 

 魚町が言った。

 

「それも、ずいぶん幼稚な罠っちゃねぇ☠ たぶん、動物ば捕まえる程度のもんやろうけど、狩人が獣ば狩るつもりやったら、もっと森ん奥で巧妙に仕掛けるはずやけ、これは単なるいたずらやろうねぇ☠」

 

「いえ……もっと悪質ですっちゃよ☠」

 

 先輩に応えてから、孝治は開いた穴を覗き込んだ。

 

 穴の底には、何十本もの先のとがったトゲ(木を削って作ったモノのようだ)が立てられていた。仮にまんまとこの罠にはまって足を踏み込めば、足の裏にトゲが何本も刺さる仕掛け。これではまさしく、大ケガが免れない仕組みとなっていた。

 

 実際、獣相手にここまで執拗に仕掛ける必要など、一切ないはず。だからこれは明らかに、悪意のある対人用としか思えないシロモノだった。

 

「陰険な罠のくせやのに、簡単にわかってしまいはる詰めの甘さ☀ うちが考えまするに、これは悪党にしましても、まだまだひよっ子以下の卵の部類……いえ、精子でおますなぁ☢ 山賊としても、きっと新米以下のぺーぺーやと思いますわぁ☠」

 

 美奈子も穴を上から覗き、犯人の素情を推測した。これに静香が、またもや猛然と噛みついた。

 

「だがらぁ〜〜っ! ここさに山賊がいるような言い方、やめてほしいんだんべぇ! 山賊は本当に、進一さぁが壊滅させたんだがねぇ!」

 

「いや、別の山賊集団が住み着いたとも考えられるっちゃね✄」

 

 ここで意外な話の展開。魚町がいきり立つ静香を、大きな右手を前に出して制する態度に出た。それから一同を前にして、自分の考えとやらを述べてくれた。

 

「なにしろなんやけど、おれが赤城山の山賊ば退治したんは、もう一年も前の話やけねぇ✐ その間、空白になったこの山に別の山賊が来たっちしても、いっちょもおかしくなかばい✍ さっきの洞窟での食べ散らかし方なんか、まさにその典型やけねぇ☛」

 

「そんなぁ〜〜、せっかく進一さぁが平和さ取り戻してくれただにぃ〜〜☁」

 

「いくら後悔しはったところで、これは一年もの間、山の警備を怠{おこた}りはった、村側の落ち度どすえ☠」

 

「そんなぁ〜〜☂」

 

 泣きそうになった顔の上から、美奈子による蜂のひと刺しまでいただいた静香であった。そこへ魚町が、そっと大きな左手を差し伸べた。

 

「いや、これはまだ、おれの推測やけ✐ さっきの洞窟もそうなんやけど、落とし穴のひとつやふたつで、そげん風に決まったわけやなか✄ もっともこん先、警戒が絶対に必要になるわけなんやけどな✈」

 

「進一さぁ〜〜ん♡ あたし、うれしいだよぉ♡」

 

 静香の涙目が歓喜に変わった。

 

(う〜ん、やっぱ先輩は女ん子に優しかっちゃねぇ♪ きっと静香ちゃんも、これに参ったんやろうねぇ♥)

 

 ふたりの麗{うるわ}しき仲に、孝治はマジで感動(?)した。ついでに負けじと、ここでカッコ付けの大見得も切ってやった。

 

「まっ、山賊がほんなこつおるんやったら、おれたちで片付けりゃええことやけね☆ 戦士なら先輩とおれがおるんやし、魔術師も三人おるんやけ☆」

 

「それってぇ……ぼくも入っとうと?」

 

 裕志が青い顔をして、孝治に尋ね返した。孝治これを、簡単に一蹴してやった。

 

「ったりまえやろ! だいたい裕志も男なんやけ、少しゃあ女ん子たちん前で、カッコいいとこば見せてもよかろうも!」

 

『それっち、今んところ女ん子しよう孝治が言うたかて、いっちょも説得力なかっちゃよ★』

 

「しゃあしぃったい!」

 

 ここでいつものとおり、涼子のちゃちゃ。孝治はこれまたいつものとおり、他の者にはなにも見えない空間に怒鳴り散らした。

 

 もちろん赤面の思いになって。

 

「しっ!」

 

 すぐに友美が、右手人差し指を自分の口に立てた。だが幸いにも、裕志は本当に山賊を恐れているらしかった。だから孝治は、自分の顔が急に赤くなっていると思っている状態に、裕志がまったく気づいていない様子を感謝した。

 

「ど、どげんしよう……ほんなこつ山賊が出たらぁ……☃」

 

「大丈夫やき☀ 裕志さんは魔術師の名門なんやけ、山賊くらい軽いもんちゃよ☆」

 

 由香が裕志の左手を両手でそっと握り締め、優しく元気づけていた。これで少しは励まされたのかどうか、孝治にはわからなかった。だけど裕志も、少々やせ我慢的に、言葉を返していた。

 

「う、うん、そうっちゃね☆」

 

 自信のほどが、まるで見えないのであるが。

 

「わからんっちゃねぇ〜〜☁」

 

「なんが?」

 

 ひとりつぶやく孝治に、友美が聞き耳を立ててくれた。孝治は首を傾げながらで、応えてやった。

 

「裕志があげんモテる理由ったい☹ どげん見たかて、『情けなかぁ〜〜☠』のひと言やっちゅうのに、由香や美奈子さんから、あげん大事にされちょるけねぇ〜♐」

 

「美奈子さんはとにかく、由香ん気持ちやったら、孝治にもいつかわかる日がくるっちゃよ♡」

 

「そうけ?」

 

 友美のある意味不可思議な返答で、孝治はますます胸に疑問がふくらむ気分となった。


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