『剣遊記X』 第四章 山賊との遭遇。 (7) このような山賊親分の本音など、知るはずもなし。可奈が成昆布に、一番肝心な話を尋ねた。
「そんでぇ、やつらは今、どこにいるずら? 正確な情報がねえと、作戦もできぃねえんだからぁ✄」
急に話を振られて、成昆布のほうが少々慌てた。
「へ、へい! そいつらは今、根津紺{ねずこん}に見張らせてやす! そうだっぺ! 根津紺は今、きのう晩飯さ食っだ洞窟んとこにいるべから、無蚊寅{むかとら}! ちょっと様子さ見てくるだにぃ!」
「へい、親分!」
威勢の良い返事を戻して、親分の命令を受けた無蚊寅が、小屋から出ようとした。
その背中を、可奈が呼び止めた。
「ちょい待つずら☛ 人様の足じゃ、時間がげいもないずら☞」
さらに右手人差し指を、偵察役の無蚊寅に差し向けた。
「姐さん……なにをなさるおつもりだんべぇ?」
「黙って見るずら!」
「へ、へい……☁」
不思議な気持ちで尋ねる成昆布を、オクターブの高い声で一喝。可奈が意味不明な呪文を唱え始めた。これには右手を向けられている無蚊寅も、なにがなんだか恐ろしくて仕方がない気持ち。
「……い、いってえおれさ、どうするつもりなんだべぇ?」
それでも姐貴には逆らえない。これ以上はなにも言えず、黙って成り行きに身ぃ任せるしかないだにぃ――と無蚊寅が思っていたら、突然みるみると、自分の体が縮んでいくではないか。
「あ……あでぇ? あででででぇ?」
「おーーっ! 無蚊寅が小さくなるだぁ!」
周りで見ている山賊たちからも、一斉に驚きの声が湧き上がった。
「わ、わ、わああああぁぁぁぁ……」
やがて無蚊寅が、自分が着ている服の中に、沈むように消えていった。それからしばらくして、床に落ちた服の下から、もそもそと顔を出したモノ。それは一羽の全身が真っ黒な鳥だった。
「げげぇーーっ! 無蚊寅がカラスになっちまっただぁーーっ!」
山賊どもが騒いだ。それも無理はなし。彼らの目の前には、翼を始め体中が真っ黒け。立派なカラス――一応ハシブトガラスのよう――が、そこにいたからだ。
しかもいきなり現われたカラスは、周囲で騒ぐ男たちと同様。自分の有様がまるで信じられないかのように、周りをキョロキョロと見回していた。
「あ、姐さん! こ、これはいっでえ!」
子分の変身を目の当たりにした成昆布が、血相を変えて可奈に尋ねた。これに可奈は、平然とした態度で応じるだけ。
「ビックリせんでもええずらよ♠ あたしが術さ解けば、無蚊寅はいつでも人間に戻れるんずら★ それと、自分の思いどおりに人にもカラスにもなれるさけぇ、おめは空さ飛んで根津紺のとこに行ってくるずら✈ しばらくはそん格好で、連絡係を務めてね♐」
「かぁーーっ!」
可奈の指示を、どうやら理解したようである。無蚊寅だったカラスが、甲高い鳴き声を上げた。
「わかったら、早よ行くずらぁ☞☞」
「かぁーーっ!」
魔術師の命令どおり、カラスが黒い翼を羽ばたかせ、山小屋の窓から外へ飛び出した。
「なぁるほどぉ、さっすが姐さんだにぃ♥」
変身から出発までの一部始終を見ていた成昆布が、気持ちの悪いニヤけ顔でほくそ笑んだ。
性格に少々問題(見栄っ張りな感じ☠)はありそうだが、やはり魔術師の後ろ盾は強力といえた。
兄の復讐などというアホらしい考えは、これっぽっちもなかった。だが、先代親分の仇を倒したと評判が立てば、話は別。山賊の新大親分の頭目を現わす機会として、これ以上の売名のチャンスもないだろう。
「けけけっ! 俺は必ず日本一……いんや世界一の大山賊になってやるだんべぇ☀ そんためにはあの大男さ、必ず血祭りにあげてやるんだがねぇ!」
成昆布が思わず口から洩らした雄叫びは、可奈や子分たちの耳に、しっかりと聞かれていた。
「こいつ……けっこう危ねえ男ずら☠」
自分に対する評判は、知らぬが仏。可奈がこっそりとささやいた。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |